加古隆が語る「映像の世紀コンサート」

ウクライナ戦争の今、広島交響楽団と長崎公演も

Takashi Kako
Photo: I.Sugimura/BRAVO

取材・文:池上輝彦

 作曲家でピアニストの加古隆が「映像の世紀コンサート」を開く。6月26日には広島交響楽団とともに長崎市で公演し、2つの原爆被爆都市の親交を深める。映像発明100周年の1995年に始まったNHKスペシャル「映像の世紀」は加古が音楽を担当し、2つの世界大戦と冷戦を軸に現代史の諸相を伝えてきた。ロシアによるウクライナ侵攻で戦争の世紀が終わっていないことを思い知らされる今、音楽と記録映像が一体で迫る公演は深い感動を呼ぶはずだ。

大スクリーン × ピアノ&オーケストラの感動

「映像の世紀コンサート」は6月10日に東京フィルハーモニー交響楽団とサントリーホール(東京・港区)、同26日に広島交響楽団と長崎ブリックホール、9月19日には中部フィルハーモニー交響楽団と愛知県芸術劇場(名古屋市)で開かれる。いずれも大スクリーンに貴重な歴史的映像が映し出され、加古のピアノと岩村力の指揮によるオーケストラの生演奏が展開する。ナレーションは山根基世。「2016年の初演のとき、予想を超える大きな感動が観客と演奏者に押し寄せました」と加古は語る。これまで10公演を重ねてきた。

2016年「NHKスペシャル映像の世紀コンサート」より
撮影:堀裕二

「戦争の愚かさ、平和の尊さ、地球の美しさが、音楽と映像で心に直接迫って来るコンサートです。1995年に番組を始める際、20世紀は戦争の世紀だったと認識しました。戦争の記録が映像として残っているので印象が強まるのです。広島と長崎は現代の戦争の悲惨さを象徴する都市です。広島と長崎で『映像の世紀コンサート』をしたいと考え、まず2019年、広響との広島公演が実現しました。平和への願いを発信し続ける両都市でコンサートを開く意義は大きいです」

 1995年の番組初回にはロシアの文豪トルストイが動画で登場した。トルストイは世界を俯瞰する超越者の視点でナポレオン戦争時代を扱った長編小説『戦争と平和』を書いた。番組にも現代史を俯瞰する視点があるが、4月からの新シリーズ『映像の世紀バタフライエフェクト』では、「スターリンとプーチン」といった個人に焦点を当てたテーマが目立つ。テーマ曲「パリは燃えているか」以来、加古の音楽も番組とともに変遷している。

Takashi Kako
Photo: I.Sugimura/BRAVO

「2015~16年の『新・映像の世紀』の頃は、シリア内戦をはじめ中東が注目されました。ディレクターらと議論する中で、『中東問題の原因は第一次世界大戦にあった。神があらかじめ定めたシナリオ通りに歴史は動いていると思える。それを音楽で表現してほしい』と言われました。そこで神の視点で歴史を見る発想の曲が増えました。また、廃墟の街が映るときに流す音楽も考えました。愛に満ちたこの上なく美しい音楽が思い浮かびました。それが『愛と憎しみの果てに』。コンサートでも重要な曲です。さらに6年経ち、放送中の『バタフライエフェクト』は、蝶の羽ばたきのような個人の行動が連鎖して歴史を作るという視点です。今度はヒューマンタッチの音楽を入れようと考えました」

若い世代に語り継ぐ戦争、音楽と出合う大切さ

 カントは『永遠平和のために』の中で、諸民族による戦争状態こそが自然状態であり、平和状態は創り出すべきものだと書いた。次世代に戦争の悲惨さを語り継がなければ、自然状態としての戦争が繰り返される。東京、長崎、名古屋の3公演では中・高校生を招待する。「若者は感受性が鋭い。音楽との出合いをつくってあげたい」と加古は意気込む。

Takashi Kako
Photo:I.Sugimura/BRAVO

「僕は幼少時にベートーヴェンに夢中になり、それから現代音楽やジャズに傾倒しました。パリ留学中の1973年にはフリージャズのピアニストとしてデビューしました。僕は映像の曲を作るとき、その作品が目指す世界をコンセプトとして感じ取ります。コンセプトにふさわしい断片が見えたら、音楽的にこうあるべきだ、コンサートでこう弾きたいと思う曲に仕上げます。そんな経験から言えば、最初からクラシックのファンをつくる考えは適切ではありません。大好きな音楽に出合うことが大切です」

 今年没後30年のフランスの作曲家メシアンは、ナチスドイツの捕虜収容所で「世の終わりのための四重奏曲」を書いた。戦争の世紀を生きた現代音楽の大家だ。加古はパリ国立高等音楽院でメシアンに作曲を師事した。

「メシアンさんは偉ぶらない謙虚な人でした。『日本人であることはあなたにとって大変な財産です』と言われました。日本人の繊細な感性をご存じで、彼の指摘は僕の音楽に影響を与えています。長崎の人たちと話をすれば、身内や親戚に被爆者がいる、それが日本です。長崎の人たちの思いに応える演奏でありたいです」

2016年「NHKスペシャル映像の世紀コンサート」より
撮影:堀裕二

 ロスリング著『ファクトフルネス―10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』は、戦争による犠牲者数が減っていると指摘する。しかし現に戦争は起こり、拷問や虐殺に遭う人々の苦しみは変わらない。戦争の終わりを願いつつ、加古の「映像の世紀」は続く。

【東京】
2022.6/10(金)19:00 サントリーホール

ピアノ:加古隆
ナレーション:山根基世
指揮:岩村力
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
問:チケットスペース 03-3234-9999
https://www.ints.co.jp/eizou20220610.html

※中学生・高校生無料招待(募集定員50名)についてはこちらから

【長崎】
2022.6/26(日)15:00 長崎ブリックホール

ピアノ:加古隆
ナレーション:山根基世
指揮:岩村力
管弦楽:広島交響楽団
問:NBC長崎放送 事業部 095-820-1022
https://www.nbc-nagasaki.co.jp/event-topics/eizounoseiki2022/


【愛知】
2022.9/19(月・祝)17:00 愛知県芸術劇場 大ホール

ピアノ:加古隆
ナレーション:山根基世
指揮:岩村力
管弦楽:中部フィルハーモニー交響楽団
問:東海テレビ放送事業部 052-954-1107
※チケット近日発売予定