【INTERVIEW】上岡敏之が6年半ぶりに読響と共演!

取材・文:柴田克彦

 ドイツを拠点に活躍し、独自のアプローチで魅せる上岡敏之が、この5月、読売日本交響楽団の演奏会に登場。2つのプログラムを指揮し、室内楽公演ではピアノを披露する。4月半ば、ピアノ・リサイタルのために来日した彼に、来る公演について話を聞いた。

上岡敏之 (C)読響

 4月の来日は2020年1月以来2年ぶり。この間、ドイツでの活動はかなり制限されていたという。
「当初はロックダウンが繰り返され、1年ほど経って(首席指揮者を務める)コペンハーゲン・フィルの活動が始まったといった感じです。ザールブリュッケン音楽大学の教授職は続けていましたが、学生たちは将来への不安で一杯。彼らへの精神的なケアが大変でした。それに友人が少なからず亡くなり、私が支援しているウガンダにも送金できなくなった。そうした諸事が続いて、音楽から少し離れてもいました。ただ、何かに追われる生活ではなくなったことで、昔の自分に戻れた気がしますし、体調も良くなりました」

 2016年から新日本フィルの音楽監督を5年間務めていたので、読響への客演は15年末の「第九」以来6年半ぶりとなる。
「お声がけいただいて光栄ですし、嬉しいのひと言です。1998年以来最も長くお付き合いしているオーケストラなのですが、行くたびに変わっていて、女性団員が活躍するようになり、雰囲気もリラックスしてきました。それに色々な音のパレットがあって、こちらの求めに応えてくれるのが印象的です」

オンライン取材をうける上岡敏之さん

 得意とする独墺プロで、ディーヴァ森谷真理も登場

 まず定期演奏会(5/24)は、ウェーベルンの6つの小品、ベルクの歌劇《ヴォツェック》からの3つの断章、ツェムリンスキーの交響詩「人魚姫」という、斬新な独墺近代プログラム。

「いずれも世界が次第に戦争に巻き込まれていく20世紀初頭の作品。このプログラムが採用されて、歌手や児童合唱まで準備してくれるのですから、非常に楽しみです」

 《ヴォツェック》は、歌劇自体を「20〜30回は振っている」自家薬籠中の作品。昨年ベルクの《ルル》(東京二期会)のタイトルロールで絶賛された森谷真理(ソプラノ)の歌声にも期待がかかる。また「人魚姫」は、新日本フィルでも取り上げてCD化され、以前にはN響でも指揮した、上岡が傾注する作品だ。

「世の中で一番好きな曲のひとつです。世界が不安になっていく時期に、デカダンスのような爛熟した文化があって、作曲者がメルヘンの世界にそれを求めた素晴らしい作品。曲がストーリーに沿って書かれ、その内容が無理せずに表現されています。前にも演奏してはいますが、私は必ず新しい楽譜を買って勉強し直しますし、人魚姫の国のコペンハーゲンに10年通って、アンデルセンの童話がそこでしか生まれ得ないことを実感しました。今回の演奏にもそれが生かされると思います」

左:森谷真理 (C)タクミジュン  右:レナ・ノイダウアー (C)Denise Krentz

  ドイツの名手ノイダウアーがソリストとして初登場

 土曜・日曜マチネー・シリーズ(5/285/29)と大阪定期演奏会(6/1)は、メンデルスゾーンの序曲「ルイ・ブラス」とヴァイオリン協奏曲、チャイコフスキー「悲愴」交響曲が並ぶ名曲プロ。ここでは曲の新たな魅力を発見できるに違いない。

「『ルイ・ブラス』は、ソリストのレナ・ノイダウアーさんが望む協奏曲に即した選曲で、初めて指揮します。ノイダウアーさんとは10年前にもメンデルスゾーンで共演していて、知性溢れる魅力的な奏者でした。その後どうなっているか楽しみです」

 同プロではむろん「悲愴」交響曲のアプローチに注目が集まる。
「名曲中の名曲で、これこそ一番好きな作品かもしれません。実によく書けている曲で、オーケストレーションも第5番より格段に上。チャイコフスキーが自分の寿命を承知の上で書いたような部分が多々ありますし、何かに憑かれていて、自身が書いたのかどうかさえわかっていない感じがします。ただ何度演奏しても第2、第3楽章が難しい。特に第3楽章のカタルシスの発散のような部分をどう表現するか? チャレンジでもあります。それにレパートリー的な演奏を安易にしてはいけない作品。その点、客演の今回は私にとって一期一会ですから、うまく共同作業ができれば良い結果を出せると思います」

2020年2月公演より (C)読響

 ついに実現する上岡との室内楽はレアなプログラム

 「読響アンサンブル」特別演奏会(5/31)では、上岡がピアノを弾いて、フンメルの七重奏曲「軍隊」、ヴァインベルクのピアノ五重奏曲というレアなプログラムを聴かせる。

「2度中止になった公演なので、今度は無理してでも実現したいですね。2曲ともピアノがえらく難しいので大変ですが、読響メンバーとのアンサンブルは幸せの一語に尽きます」

 フンメルの作品は、ピアノ、弦楽器と管楽器各3本の珍しい編成が見ものだし、音楽自体もメロディアスで愉しい。逆にヴァインベルクの作品は深くシリアスだ。

「フンメルは、モーツァルトより自分の方がピアノが上手いことを主張するために書いている。しかもそうしたピアノの難しい部分が簡単に聴こえるという厄介な曲です。ヴァインベルクの方は、第二次世界大戦で両親を失った彼が、戦争の悲惨さを痛烈に訴えた厳しい音楽。『人間はこのような罪を犯してはならない』との思いが強く伝わってくる作品で、今の情勢にもピタリと合っています」

 どれも極めて興味深い公演。上岡の個性的な音楽に触れるこの貴重な機会を逃してはならない。

(C)読響
(C)堀田力丸

Information

読売日本交響楽団
第617回 定期演奏会
2022.5/24(火)19:00 サントリーホール


指揮=上岡敏之
ソプラノ=森谷真理
ボーイソプラノ=TOKYO FM 少年合唱団

ウェーベルン : 6つの小品 op.6(1928年版)
ベルク:歌劇《ヴォツェック》から3つの断章
ツェムリンスキー:交響詩「人魚姫」


第247回 土曜マチネーシリーズ
2022.5/28(土)14:00 東京芸術劇場 コンサートホール

第247回 日曜マチネーシリーズ
2022.5/29(日) 14:00 東京芸術劇場 コンサートホール
第32回 大阪定期演奏会
2022.6/1(水)19:00 フェスティバルホール


指揮=上岡敏之
ヴァイオリン=レナ・ノイダウアー

メンデルスゾーン:序曲「ルイ・ブラス」 op.95
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 op.64
チャイコフスキー:交響曲第6番 ロ短調 op.74「悲愴」


《読響アンサンブル》特別演奏会「上岡敏之の室内楽」
2022.5/31(火)19:30 王子ホール

ピアノ=上岡敏之○●
ヴァイオリン=赤池瑞枝○●、山田友子●
ヴィオラ=長岡晶子●
チェロ=室野良史○●
コントラバス=小金丸章斗○
フルート=倉田優○
クラリネット=中舘壮志○
トランペット=辻本憲一○

フンメル:七重奏曲 ハ長調 op.114「軍隊」○
ヴァインベルク:ピアノ五重奏曲 op.18 ●

問:読響チケットセンター 0570-00-4390
https://yomikyo.or.jp