英国音楽の使徒、尾高忠明が指揮する札幌交響楽団の至芸に“ひたる”午後

尾高忠明/2019年12月「札響の第9」より(写真提供:札幌交響楽団)

文:池田卓夫(音楽ジャーナリスト)

 日本を代表する指揮者の一人、尾高忠明(1947年11月、鎌倉市生まれ)は今やマエストロ(巨匠)の揺るぎない芸術を自ら謳歌しているが、早熟の才でもあった。尾高がテーマ音楽を指揮した昨年(2021年)のNHK大河ドラマ『青天を衝け』の主人公、渋沢栄一を曽祖父、NHK交響楽団中興の祖である指揮者で作曲家の尾高尚忠を父とするサラブレッド。第二次世界大戦後の音楽教育に大きな足跡を記した齋藤秀雄に指揮の基本を学び、父と同じウィーン国立大学へ留学した。ウィーン時代の恩師、ハンス・スワロフスキー教授の門下にはクラウディオ・アバド、ズービン・メータ、マリス・ヤンソンスらがいる。帰国後の1974年、東京フィルハーモニー常任指揮者に就いた時はまだ27歳だったが、黒柳徹子らが出演したNHK総合テレビ『音楽の広場』へのレギュラー出演を通じ、早くから「お茶の間」にも広く顔が売れていた。1981〜1986年には東京フィルと並行し、札幌交響楽団正指揮者を務めた(第1期札響時代)。

 転機は1987年に訪れた。BBC(英国放送協会)ウェールズ交響楽団の首席指揮者(現在は桂冠指揮者)に招かれたのをきっかけにエルガー、ウォルトン、ヴォーン・ウィリアムズ、ブリテンなどを数多く指揮することになったが、尾高とイギリス音楽の相性は本人の予想を超える次元の良さ、つまり抜群だった。いつしか尾高はロンドンの夏を彩る気軽なクラシック音楽の祭典、プロムナード・コンサート(プロムス)に最も多く登場した日本人指揮者となった。1997年にはイギリス音楽を世界へ広めた功績により、エリザベス女王から大英勲章CBEを授けられ、1999年には英国エルガー協会からエルガー・メダル(日本人初)を贈られた。次第に英国各地のオーケストラへの客演も増えるなか、2017年にはBBCウェールズとの共同作業開始30周年を祝い、オール・エルガーの曲目による記念コンサートが開かれた。決して声高に主張せず、作品本来の姿を自然体で、きりっと再現する尾高の美意識が期せずして、イギリス音楽と一致した。

札幌交響楽団 ©Y.Fujii

 英国での成功が広く知られるようになった時期、尾高の第2期札響時代は始まった。1998年に常任指揮者、2004年に音楽監督、2015年に名誉音楽監督とタイトルは変わっても、一貫して良好な関係を維持している。英国と同じく北海道にも確かな芸術の根を下ろし、2017〜2021年には札幌文化芸術劇場 hitaru の芸術アドバイザーも務めた。hitaruの演奏会で札響を指揮するのは特別な価値を持つイベントだが、尾高にとっては依然「アウェー」ではなく、「ホーム」の感覚のコンサートに違いない。札響とも数多くのイギリス音楽を演奏、2007年3月にエルガー(ペイン補筆版)「交響曲第3番」「『威風堂々』第6番」(英シグナム)、2012年11月にエルガー「交響曲第1番」「弦楽セレナード」(フォンテック)と2点のディスクを、札幌コンサートホールKitaraで録音した。筆者は、2008年9月(19&21日)にKitaraで聴いた札響第511回定期演奏会、ブリテンの歌劇《ピーター・グライムズ》演奏会形式上演の水際立った指揮を今も鮮明に覚えている。同じ作品を東京のオーケストラとの共演で聴いた時と比べて尾高の円熟は明らかだったし、札響の透明感あふれる音色とイギリス音楽の相性の良さにも目(耳)をみはった。

 エリートと思われがちなマエストロだが、素顔は少年の面影を残し、いたずらっぽさも漂わせる。語りを交えたコンサートで放つジョークが決まればニマッとしたり、情緒纏綿の作品に涙ぐんだり…と芸術家らしい感情の豊かさを最近は率直に表す。今回、「hitaruのひととき ~尾高忠明 presents 偉大なる英国の巨匠たち」に選んだ6人の作曲家の8曲も基本は「しみじみ系」のイギリス音楽ながら、最後はプロムスで客席が大騒ぎとなる《威風堂々》(エルガー)で大きく盛り上げて締める趣向。日本国内では滅多に聴けない〝隠れ名曲〟の数々を尾高と札響の鉄板コンビで聴ける喜びは大きい。

尾高忠明/2019年12月「札響の第9」より(写真提供:札幌交響楽団)

尾高忠明 ©Martin Richardson

Message from Tadaaki Otaka

英国音楽はその風景を彷彿とさせる、ロマンティックで気品がある作品が目白押しです。
皆様、ぜひ札幌文化芸術劇場 hitaruでお会いしましょう。


hitaruのひととき ~尾高忠明 presents 偉大なる英国の巨匠たち~
2022.6/18(土)14:00 札幌文化芸術劇場 hitaru 劇場


指揮:尾高忠明
管弦楽:札幌交響楽団

ウォルトン:戴冠行進曲「王冠」
ヴォーン・ウィリアムズ:「グリーンスリーヴス」による幻想曲
エルガー:弦楽セレナード ホ短調 Op.20
ブリテン:歌劇「ピーター・グライムズ」より 4つの海の間奏曲 Op.33a
ヴォーン・ウィリアムズ:トマス・タリスの主題による幻想曲
ディーリアス:歌劇「村のロメオとジュリエット」より 楽園への道
エルガー:行進曲「威風堂々」Op.39より 第4番、第1番

全席指定
一般:3,000円  U25:1,500円(税込)
※U25:1997年以降にお生まれの方であれば学生に限らずご購入いただけます。ご来場時に生年を証明できるものをお持ちください。

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