長谷川陽子(チェロ)

ベートーヴェンの強さ、逞しさ、生命力の豊かさに共感して

(c)武藤章

 長谷川陽子が念願のベートーヴェン「チェロ・ソナタ」全曲録音(第1〜5番と3つの変奏曲/日本アコースティックレコーズ)を松本和将(ピアノ)とともに完成、5月19日には東京文化会館小ホールで、同じコンビによるソナタ全曲の「長谷川陽子デビュー35周年記念リサイタル」に臨む。

 長谷川はベートーヴェンと正面から向き合うのを長い間、「まだ早い」とためらってきた。コロナ禍でデビュー以来初めて「人前で弾けない時間」を体験するなか、「一回はどん底に落ちながら、強く這い上がったベートーヴェン」への深い共感が生まれ、全曲録音と演奏会に踏み切った。CDの解説を執筆する前に長谷川の話を聴き、1ヵ月後に再びインタビューを行った。「この間、一貫してベートーヴェンの強さ、逞しさ、生命力の豊かさに励まされる日々でした」と打ち明ける。

 「貴族に雇われ、注文を受けた作品にむき出しの感情を書くことができなかったハイドンと違い、ベートーヴェンは民衆から生まれた革命思想に共鳴して弾け、感情を解放した最初の作曲家です。これがロマン派から近代、さらには現代に至る音楽の扉を開いたのだと思います」

 ベートーヴェンのチェロ・ソナタ創作史は、初期2曲にみられた宮廷音楽の余韻が中期の第3番で完全に消え、同じ作品番号にもかかわらず極端な対照をみせる後期2曲で終わる。

 「第5番が『作曲家とはどうあるべきか?』と大きな問いかけを伴う“公”の作品なら、第4番は完全に“私”。素の部分で愛情に激しく飢え、女性を美化し過ぎる傾向にあったベートーヴェンが明らかに『愛しいひと』の面影を追い、『愛情をもって』と指示を書き込んだ貴重な作品です」

 長谷川は松本の「ドーンと安定した大きな土台」に乗り、作品それぞれのキャラクターを多彩な音色で描き分ける。「音色の豊かさはヘルシンキのシベリウス・アカデミーで、アルト・ノラス先生から授かったもの。ヨーロッパ留学最大の収穫でした」。

 これまでを振り返って一番うれしかったことを尋ねると、「2021年にコロナ禍でファンクラブの活動を1年間休止した後『再開します』と宣言したら、即『待っていました!』と反応があり、5年ぶりのCDリリースも実現したことです。待っていてくださる方々の存在こそ、演奏を続ける原動力といえます」。逆に嫌だったことは「爪を伸ばせない、タイトスカートをはけない…」と、ごくごく普通の女性の思いが返ってきた。
取材・文:池田卓夫
(ぶらあぼ2022年5月号より)

長谷川陽子 デビュー35周年記念 チェロ・リサイタル
ベートーヴェン チェロ・ソナタ全曲演奏会
2022.5/19(木)19:00 東京文化会館(小)
問:ジャパン・アーツぴあ0570-00-1212
https://www.japanarts.co.jp

CD『デビュー35周年記念アルバム「ベートーヴェン:チェロ・ソナタ全曲」』
日本アコースティックレコーズ
NARD-5079/80(2枚組)
¥4400(税込)
2022.5/25(水)発売