オーデンセ便り1 ニールセン国際音楽コンクール現地レポート

 デンマークを代表する作曲家カール・ニールセンの名を冠したコンクールがあるのをご存知でしょうか。ヴァイオリン、クラリネット、フルートの3部門を擁する北欧随一の音楽コンクールです。現在、ファイナルまで進んでいるカール・ニールセン国際音楽コンクール(Carl Nielsen International Competition)の様子を、ロンドン在住の音楽ライター、後藤菜穂子さんが3回にわたりオーデンセからレポートしてくれます。配信も行われているので、ぜひご覧ください。
コンクールの会場、オーデンセ・コンサートホール

取材・文&写真:後藤菜穂子

 デンマークのオーデンセよりこんにちは。

 コペンハーゲンより西に電車で1時間半。フュン島の中心都市であるオーデンセは童話作家として有名なハンス・クリスチャン・アンデルセンと作曲家のカール・ニールセンの生まれ故郷として知られます。人口18万ほどの都市ですが、プロのオーケストラであるオーデンセ交響楽団を擁し、同響が主催となって、1980年代よりカール・ニールセン国際コンクールを開催してきました。

ニールセンの胸像(奥さん作!)と肖像画
アンデルセンの生家

 その後さまざまな変遷を経て、2019年からはヴァイオリン、クラリネット、フルートの3部門が同時に開催されています。なぜこの3つの楽器かというと、ニールセンがこれらの楽器のために協奏曲を作曲したからです。したがって、ファイナルではかならずニールセンの協奏曲が演奏されます。若手発掘のコンクールであると同時に、ニールセンの音楽をより広めるための場でもあるといえましょう。

 2016年より、自身過去の優勝者であるニコライ・シェプス゠ズナイダーがコンクールの委員長(President)に就任。以来、彼はさまざまな新機軸を導入してきました。たとえば、各部門ともに一次予選(2日間)の1日目の演奏は、完全にスクリーン越しに行い、審査員はブラインドで審査することで、より公平な審査のあり方を模索してきました。またホームページには審査に関する経緯も発表されています。さらには入賞者のみならず出場者全員がコンクールを通して有益な体験を得られるように、全員が全期間滞在して、音楽業界の人々を招いてワークショップやレクチャーに参加し、多くの人と交流できるようになっています。各部門の審査員長は、ノア゠べンディックス・バルグリー(vn)、イェフダ・ギラッド(cl)、カール゠ハインツ・シュッツ(fl)が務めています。

ヴァイオリン部門プレファイナル Eun Che Kimのステージ
© Morten Kjærgaard FOTOgrafik

 さて、今年のコンクールは3月31日に始まり、4月9日(土)にはクラリネットとフルートのファイナル、4月10日(日)にはヴァイオリンのファイナルと表彰式が行われます。これらはコンクールの公式ウェブサイトおよびmedici.tvで観られます。またセミファイナルのアーカイブ配信はこちらから視聴できます。

各部門のファイナルの日程(日本時間/ヴァイオリンのみプレファイナルあり)
クラリネット部門 4/9(土)22:00
フルート部門  4/10(日)午前2:30
ヴァイオリン部門  PF:4/9(土)2:30 F:4/10(日)21:00
表彰式 4/11(月)午前1:00

 各部門のファイナリストは、こちらに発表されています。偶然でしょうけれど、ウクライナの演奏家が2人入っているのが目を惹きます。 なお、日本人の出場者はヴァイオリン部門に2人いたのですが(坪井夏美さん、和久井映見さん)、残念ながら次のラウンドに進むことはできませんでした。フルート、クラリネット部門については日本人出場者はいませんでした。

 ニールセン・コンクールのおもしろいところは、各部門がそれぞれのラウンドで独自のやり方をし、楽器に合った課題を設定しているところです。たとえばヴァイオリン部門ではコンチェルト・ファイナルが2部に分けられていて、初日(プレファイナル)はロマン派のメジャーな協奏曲より一曲、2日目はニールセンを弾かなければなりません(さらにセミファイナルでモーツァルトの協奏曲を弾くので、協奏曲がとても多くなります)。それはヴァイオリンの場合、ソリストになるためには協奏曲のレパートリーが多く必要だからでしょうか。

 一方、クラリネット部門のセミファイナルは3つの楽器のうち唯一、室内楽ラウンドで、今回はブラームスのクラリネット五重奏曲の第1、2楽章とアホのクラリネット五重奏曲の第3楽章カデンツァが課題となりました。このセミファイナルの6人の演奏をライブ配信で観ましたが、よりソリスティックな演奏よりも弦楽器とうまく融合し、対話できている奏者がファイナリストに選ばれていたのが印象に残りました。

 また、前回フルート部門の2次予選に導入されたのは、Playing around Nielsen という課題。ニールセンのさまざまな旋律や曲の抜粋と他の作曲家の小品(課題リストあり)を組み合わせて10分ほどのコラージュを演奏するというもので、演奏者の創造性を試します。これはとても好評だったため、今回はクラリネット部門でも導入されました。これだけでも、他のコンクールとは異なるさまざまな試みが行われていることがおわかりいただけると思います。 次回のレポートでは、今回のコンクールと並行して開かれているEspansiva!という若手音楽家のためのプログラムについてご紹介したいと思います。

公園にあるニールセンの曲の鳴る自動ピアノ

Biography
後藤菜穂子 Nahoko Gotoh
桐朋学園大学音楽学部卒業、東京藝術大学大学院修士課程修了。音楽学専攻。英国ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ博士課程を経て、現在ロンドンを拠点に音楽ライター、翻訳家、通訳として活動。『音楽の友』、『モーストリー・クラシック』など専門誌に執筆。訳書に『〈第九〉誕生』(春秋社)、『クラシック音楽家のためのセルフマネジメントハンドブック』(アルテスパブリッシング)他。
Twitter @nahokomusic