先日閉幕した、北欧を代表する若手音楽家のための登竜門、カール・ニールセン国際音楽コンクール(Carl Nielsen International Competition)。ウクライナ、ロシア両国からのコンテスタントもいましたが、事務局はコンクール開幕直前、戦争に対する非難とウクライナへの連帯を示しつつも、「国籍によってアーティストを誰ひとり排除することはない」と全員参加の方針を打ち出しました。そうしたなか、ウクライからの参加者が2部門で、第1位となったことは、多くの関係者や聴衆の心に刻まれる出来事となりました。 現地でファイナルを聴いた後藤菜穂子さんによるレポート最終回です。
取材・文:後藤菜穂子
カール・ニールセン国際音楽コンクールの各部門のファイナルは、4月8〜10日の3日間にわたって行われました。各部門3人ずつのファイナリストはニールセンの協奏曲ともう一曲演奏します。クラリネットはモーツァルトの協奏曲の第1楽章とニールセン、フルートはブゾーニの《ディヴェルティメント》とニールセン。ヴァイオリン部門だけは2日間に分けられ、課題の協奏曲8曲のうちの1曲(プレ・ファイナル)とニールセン(ファイナル)が演奏されました。オーケストラはコペンハーゲン・フィル(ヴァイオリンのプレ・ファイナルとクラリネット)とオーデンセ響(フルート、ヴァイオリンのファイナル)が分担し、指揮はシェプス゠ズナイダー、レナ゠リサ・ヴュステンデルファー、ダニエラ・ムスカが分担しました。
ファイナルの演奏はすべてアーカイブ配信で観られますので、ご興味のある方はぜひご覧ください。以下では、実際に会場で聴いた印象を部門ごとに振り返っていきます。
クラリネット部門は、配信で視聴したセミファイナルも含めて、国(もしくは学んだ先生)によって演奏スタイルの違いが目立ちました。第2位になったアン・ルパージュ(フランス)はとりわけなめらかな美音の持ち主で、優美なモーツァルトに続いて、丁寧に練り上げられたニールセンを聴かせました。第1位のドイツで学んだオレグ・シェバタ゠ドラガン(ウクライナ)は、上背もあり、ダイナミックで伸びのある音が特徴。モーツァルトでは装飾を入れるなどの遊び心があり、ニールセンではリズムの切れ味があって、安定した技巧とスケールの大きさを感じさせました。最初に登場したパナジオティス・ジアナカス(ギリシャ)、は前のラウンドで見せた積極性が見られず、全体におとなしい演奏。実は、当初ゲーブリッヒ・マイヤー(オランダ)がファイナルに進むはずだったのが、個人的な理由で辞退したため(彼女クラリネット部門の特別賞を受賞)、その代役として出場したことも心理的に影響していたのかもしれません。なお筆者としては、ルパージュをまた聴いてみたいと思いました。
◎クラリネット部門結果
第1位 オレグ・シェバタ゠ドラガン Oleg Shebeta-Dragan(ウクライナ)
第2位 アン・ルパージュ Ann Lepage(フランス)
第3位 パナジオティス・ジアナカス Panagiotis Giannakas(ギリシャ)
続いてフルート部門は、アルベルト・アクーニャ・アルメラ(スペイン)、キム・ソヒョン(韓国)、アルベルト・ナヴァーラ(イタリア)とかなり実力揃いの3人。キムは2017年の神戸コンクールで奨励賞を受賞、19歳にしてケルン・ギュルツェニヒ管の首席奏者のポストに就いていますし、アルメラはベルリン・フィルのカラヤン・アカデミーに在籍中です。ブゾーニの新古典主義的な《ディヴェルティメント》に続いてニールセンを演奏するのはかなりハードだったと思われますが、全員高水準でした。審査は、エレガントだけれどもニールセンではやや線が細かったキムと、芯のあるまっすぐな音と明瞭なアーティキュレーションが見事だったナヴァーラの間で意見が分かれたようですが、最終的にナヴァーラが第1位、キムが第2位。よりソリスティックにしっかりと聴かせていたのはナヴァーラであったという点では、私も結果には納得です。第3位のアルメラは派手さはないものの、丁寧な音楽作りが好印象。なおファイナルには進めませんでしたが、ビオレタ・ヒル・ガルシアが2次での演奏に対して、「Playing Around Nielsen賞」を受賞しました。
◎フルート部門結果
第1位 アルベルト・ナヴァーラ Alberto Navarra(イタリア)
第2位 キム・ソヒョン Seohyeon Kim(韓国)
第3位 アルベルト・アクーニャ・アルメラ Alberto Acuna Almela(スペイン)
ヴァイオリン部門のファイナルについては、3人ともニールセンの協奏曲を初めて弾くということで、技巧的にもアンサンブル的にも全員やや苦戦していたように見受けられました。第1、2予選では群を抜いていたという17歳のボグダン・ルッツ(ウクライナ)は技術的に荒削りながら、その強い主張と語り口には引き込まれる何かがあります。プレ・ファイナルのシベリウスでもやや強引ながら自分のものにしていました。ただ、ファイナルのニールセンが合格ラインに達していたかは疑問も。でも最終的には将来性を買われて、ハンス・クリスチャン・アーヴィク(エストニア)と第1位を分け合いました。
アーヴィクは、アクの強いルッツとは正反対で、透明で伸びやかな音の持ち主で、品のある演奏が印象的。プレ・ファイナルのチャイコフスキーではソリスティックに技巧をひけらかすのではなく、しばしばオーケストラのほうを向きながらアンサンブル重視で演奏していました ── 音量は大きくないのでソロが埋もれがちなこともありましたが。ニールセンも伸びやかで丁寧なアプローチで成功していたと思います。彼はオーデンセ響のオーケストラ賞も受賞しました。
一方、音色の点で魅力的で、いちばん洗練された演奏を聴かせたのはキム・ユンチェ(韓国)。目下、ベルリンでコーリャ・ブラッハーに学んでいます。第1楽章ではやや迫力に欠けるときもありましたが、続く第2楽章のポコ・アダージョは美しく紡がれ、北欧の自然が目に浮かぶようでした。3部門のうち、ヴァイオリン部門がもっとも三者三様で、好みが分かれたように感じました。
◎ヴァイオリン部門結果
第1位 ハンス・クリスチャン・アーヴィク Hans Christian Aavik(エストニア)
第1位 ボグダン・ルッツ Bohdan Luts(ウクライナ)
第3位 キム・ユンチェ・ Eun Che Kim(韓国)
今回の入賞者たちのこれからの活躍ぶりを追っていきたいと思います。
Biography
後藤菜穂子 Nahoko Gotoh
桐朋学園大学音楽学部卒業、東京藝術大学大学院修士課程修了。音楽学専攻。英国ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ博士課程を経て、現在ロンドンを拠点に音楽ライター、翻訳家、通訳として活動。『音楽の友』、『モーストリー・クラシック』など専門誌に執筆。訳書に『〈第九〉誕生』(春秋社)、『クラシック音楽家のためのセルフマネジメントハンドブック』(アルテスパブリッシング)他。
Twitter @nahokomusic