オーデンセ便り2 ニールセン国際音楽コンクールのあらたな試み

 北欧を代表する若手音楽家のための登竜門、カール・ニールセン国際音楽コンクール(Carl Nielsen International Competition)。現地の4月10日に閉幕しましたが、ヴァイオリニストのニコライ・シェプス゠ズナイダー(ヴァイオリン)が委員長を、エマニュエル・パユ(フルート)とマルティン・フレスト(クラリネット)がアーティスティック・アドヴァイザーを務めるこのコンクールは、先進的な国際コンクールとして、さまざまな取組みをおこない、時代に即したコンクールのあり方を模索しています。
 ロンドン在住の音楽ライター、後藤菜穂子さんによるデンマーク・オーデンセからの報告です。
聖クヌート大聖堂(オーデンセ)

取材・文&写真:後藤菜穂子

 21世紀の国際音楽コンクールとはどうあるべきか?
 長いこと才能のある次世代の音楽家を発掘することに主眼を置いてきた音楽コンクールですが、カール・ニールセン国際音楽コンクールでは、入賞者だけにフォーカスするのではなく、各ラウンドに進めなかった出場者たちも将来に活かせるような有意義な体験をしてほしいという願いを持って、コンクールおよびそれをとりまく環境の改革を押し進めてきました。それは、委員長ニコライ・シェプス=ズナイダーの強い願いでもあります。

 「本コンクールでは、優秀さと好奇心、個性、コミュニティ精神といった価値観を重視し、若き音楽家たちが存分に力を発揮できるような環境作りを行ってきました」と彼は語ります。

 前回のコンクールでもそうした支援プログラムは用意されましたが、2022年にはコンクールと並行して初めて Espansiva! という大掛かりなプログラムが行われました。この名称はニールセンの交響曲第3番のタイトルからとられていますが、ニールセンの音楽のもつ「広がり」や「オープンさ」、「好奇心」などをキーワードに、若い音楽家たちの視野を拡げ、将来の活動に役立つようなさまざまなプログラム(9つのトーク、4つのワークショップ)が組まれました。コンクールの全出場者が、次のラウンドに進めなくてもコンクール最終日までオーデンセに滞在することができ、こうしたプログラムに無料で参加できます。

左からオーデンセ響のモルテンセン、オスロ・フィルのテイラー、ヘルシンキ・フィルのマルムベリ、ストックホルム・フィルのアンデション
セミファイナリストのゲーブリッヒ・マイヤー(クラリネット)やアヴァ・バハリ(ヴァイオリン)らも対話に積極的に参加。

 トークの講師には、審査員を務める著名演奏家たちをはじめ、北欧やヨーロッパの音楽業界で活躍する人たち(音楽事務所のマネージャー、パブリシスト、レコード会社の社長、オーケストラの事務局長やプログラミング・ディレクター、『ストラド』のオンライン・エディター、音楽ライター)が招かれ、若手音楽家たちにキャリアのアドバイスや業界の仕組み、ホームページやバイオグラフィーの書き方などについて、現場にいるプロたちの話を聞き、交流することがきます。

 たとえば、「21世紀におけるオーケストラのあり方」というトークでは、オスロ・フィル、ヘルシンキ・フィル、ストックホルム響、トロント響らのディレクター陣が一堂に会し、今の時代のオーケストラが抱える課題について率直な議論と質疑が行われました。興味深かったのは、オーケストラの代表者たちのほうからも集まった若手音楽家たちに対して、将来のソリストまたはオーケストラ奏者として今後オーケストラにどんなことを期待するか、という質問が投げかけられ、率直な意見の交換が交わされていたことでした。コンクール参加者はこうした場を通じて、多くの人とつながり、それを今後活かしていくことが奨励されます。こうしたオープンさは北欧の気質なのかもしれません。

左:ニコライ・シェプス=ズナイダー 右:カール=ハインツ・シュッツ
トルーディー・ライト

 一方、ワークショップでは、元ハリソン&パロット(英国の大手音楽事務所)のツアー・ディレクターで、現在はプロフェッショナル・コーチであるトルーディー・ライトが、芸術家として活動していくために必要なツールについてのセッションを展開しました。たとえば「レジリエンス」(困難からの回復力)についてのワークショップでは、ズナイダーおよびカール゠ハインツ・シュッツ(フルート部門の審査委員長)も参加して、芸術家として今後末永く活躍するための精神的および身体的な健康をどう育むべきか、逆境に負けないたくましい個人をどう育成するべきかについて、演習を交えながら話し合われました。

アヴァ・バハリのセミファイナルのステージ
©︎Morten-Kjærgaard-FOTOgrafik

 上記の2つのプログラムに参加していたアヴァ・バハリ(ヴァイオリン)は、こうしたコンクールの取り組みについて、「私たち演奏家たちは、舞台の裏で働く人たちの側の話を聞く機会がふだんないので、有益で刺激になりました」と話してくれました。スウェーデン出身で目下ベルリンで学ぶ彼女は、セミファイナルでとても活き活きとしたモーツァルトの協奏曲を聴かせてくれましたが、残念ながらファイナルには進めませんでした。
「もちろん優勝できれば最高ですが、そうでなくても審査員たちは私たちの演奏の多くの点を評価してくれているのだということを感じ、自信ももらえましたし、将来につながる体験ができたと思います」

 オーデンセ便り最終回は、ファイナルおよび結果についてレポートします。

期間中は、街中でシェプス゠ズナイダー委員長(右端)の姿を見かけることも!

Biography
後藤菜穂子 Nahoko Gotoh
桐朋学園大学音楽学部卒業、東京藝術大学大学院修士課程修了。音楽学専攻。英国ロンドン大学ゴールドスミス・カレッジ博士課程を経て、現在ロンドンを拠点に音楽ライター、翻訳家、通訳として活動。『音楽の友』、『モーストリー・クラシック』など専門誌に執筆。訳書に『〈第九〉誕生』(春秋社)、『クラシック音楽家のためのセルフマネジメントハンドブック』(アルテスパブリッシング)他。
Twitter @nahokomusic