昨年、第18回ショパン国際ピアノコンクールの2次予選に進出し、話題となった沢田蒼梧さん。コンクール後は医学の実習と演奏活動の両立で多忙な日々だそう。ショパンの作品について語っていただいたぶらあぼ3月号のインタビューに続いて今回は、将来どのように音楽と向き合っていくのか、今の想いをお聞きしました。
🎼「ピアノ」と「医学」の両立
取材・文:高坂はる香
──今回のショパン国際ピアノコンクールは日本でもとても話題になりました。まわりの反応はいかがですか? 大学でも大人気?
いえいえ、全然そんなことありません(笑)。大学にはもともと応援してくれていた友人もいますが、ほとんどの人は、しばらく見なかったけれどどこにいっていたの?という反応です。
──NHKのドキュメンタリーでも取り上げられていましたが、(実はお笑い志向の人だというのに)一つもふざけることなく、ものすごく真面目に映っていましたね。
カメラの前では、そうふざけられませんよ! ドキュメンタリーを録画して観たと言ってくれたり、大学の先生が僕のこの先のキャリアについて真剣にアドバイスしてくださったり、そうやって応援してくれる方が増えたのは嬉しいです。
──医学とピアノを両立してショパンコンクールに出る方、なかなかいないですもんね。
でも、僕自身はそこに価値があるとは思いませんし、そのために特別扱いをしていただく必要も本来はないだろうと思っています。
今回は現地で、追い込まれた状態でショパンコンクールに向き合っているピアニストたちの中に身を置いて、改めて自分は“あまちゃん”だと思いました。そもそも、他のことをやりながら音楽をやろうとしている時点で、甘いんですよね。
二つのことを勉強していることには、精神が安定しやすいという利点はあります。もしも片方がうまくいかなくても、もう一つのことがあるという安心感がありますから。でもそれは同時に、本当に追い込まれていないことにもなるのです。
僕はもともと、医学の勉強を軸に音楽は好きでやってきたので、ピアニストを目指そうと考えたことはありませんでした。高校生までは、割いている時間はピアノの方が長かったかもしれませんけれど。
でもこの先、人生のどこかのタイミングで、音楽だけをやる時があってもいいのかなと思うこともあります。今更そうしたところで、悪い意味の“安心感”は消えないでしょうけれど、ピアノを弾く上では、そんな時期を作るべきなのかもしれないと思うようになりました。
コンクール中、命を削って音楽に向き合っているみなさんの演奏や話を聞くことで、自分に足りないものもよく見えました。音楽家としてもう1、2段階上を目指さなくてはと思っています。
──そこで、“一つのことに集中しているのは古いですよ”、みたいな考えにはならないのですね。
いや、古いですよ、とも思いますが……というか、一つのことだけやっていなくてはダメだという考えを押し付けるのは、古いと思います。
やはり、多様性は認められるべきです。僕自身、自己批判をすることはありますが、他人に対しては、強い言葉で否定をすることのない人でありたいと思います。音楽の世界はどうしても、自分と違うものを強く批判する意見も多いですけれど、そういうのはよくないなと思いますね。でも、そんな僕のこの発言も誰かへの批判ですから、自己矛盾しているんですけれどね。そんなわけで、この話題で議論を戦わせると、必ず負けます(笑)。
──医学の方面では、どのようなプランがあるのでしょうか。
今は臨床だけでなく、臨床研究にも興味があります。
患者さんの診療をする臨床医は、科学的に適切な治療と証明された治療法の中から、いかに最適な治療を施すかを選択するかが重要です。それは言い換えれば、ある枠組の中での仕事に留まります。でも今は、その枠を広げる仕事に興味があるのです。僕はもともと指示に従えないというか、枠を踏み越えたくなる人間なので、そういった研究によって、これまで救えなかった患者さんを救うことができたり、より患者さんの負担を少なくすることができたりといった貢献ができたらいいなと思います。もちろんまずは臨床医としての確かな知識と技術を身に付ける必要があるので、研修に励みたいと思っています。
医者としても自分の使命を見つけ、その世界で認められて、ピアノの方でもクラシック音楽の正統派の道を進んでいく、というのが僕の夢です。
──3月にはオール・ショパン・プログラムを演奏されましたが、今後取り組んでいきたいレパートリーはありますか?
もともと関本昌平先生から、すぐにでもショパンから離れろと言われているのと、僕自身もそう思っているので、基礎に立ち返って、バロックや古典派のレパートリーを勉強したいですね。点描画のように空間に音を浮かべていくような近代フランスものも合うとよく言われるので、そちらのレパートリーも増やしていきたいです。
あとは、ブラームスに合うような、角の取れたふくよかな音が出せるようになりたいです。僕にはそのあたりが一番足りていなくて、先生にもよく、音のために太れと言われています(笑)。
ショパンコンクールでは圧倒的な個性を持つピアニストがたくさんいましたが、彼らは個性を出そうとして出しているのではなく、自分が自然だと信じている方法でピアノを弾いている結果、個性が出ていたのだと思います。そんな風に、自分の感覚を信じて行うことが、個性として内側から表れるようでありたいです。自分はまだ、葉が出る段階にたどり着けていないと思っているので、これからもしっかり、幹と枝を育てていきたいです。
●沢田蒼梧 ピアノ・リサイタル
6/19(日)14:00 滋賀/米原市民交流プラザ(ルッチプラザ)ベルホール310
●沢田蒼梧 ピアノリサイタル
7/23(土)13:30 大阪/住友生命いずみホール
●グランブル管弦楽団 デビュー記念公演
9/4(日)14:00 鎌倉芸術館
松井慶太(指揮) 沢田蒼梧(ピアノ)
●沢田蒼梧 ピアノリサイタル
9/10(土)13:30 愛知/三井住友海上しらかわホール