“新しい息吹”の具現者、フランソワ・ルルーの世界

※4月6日「フランソワ・ルルー(オーボエ)の世界 I with トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア」、及び4月8日「フランソワ・ルルー(オーボエ)の世界 II フランス作品集 ー Bienvenue en FRANCE」の2公演は中止となりました。詳細は音楽祭公式サイトをご確認ください。

文:木幡一誠

EU時代を象徴する吹き手として楽壇に登場

 今から30年ほど前のこと。ヨーロッパから世に出た若き才能に接して、管楽器界に新しい、それも重要な息吹が到来していることを痛感する機会が立て続けにあった。いわゆる演奏スタイルの“お国柄”を超えたところで、音の柔軟性にせよ技術的な精度にせよ比類なく高い次元に達した、まるでEU時代を象徴するような吹き手たちのことである。

 その筆頭がフルートでいえばエマニュエル・パユ(1970〜)、そしてオーボエならフランソワ・ルルー(1971〜)。パリ音楽院に在籍していた10代の頃から親友同士で「どちらが多くコンクールで賞をとるか競争しよう」などと言い合っていたヤンチャな彼らが(失礼!)、数々の受賞歴を勲章としながら、それぞれベルリン・フィルとバイエルン放送響というドイツを代表する(ひいてはヨーロッパのトップに位置する)オーケストラの首席のポストを得たのが1990年代の初頭。つまりは先に述べた“新しい息吹”の具現者だ。そしてそこに求められる類の資質は時を経て、もはや欧州の楽壇における管楽器奏者にとって不可欠のものになったと記しても、決して大げさではあるまい。

フランソワ・ルルー

抜群の安定感を示しつつ作品世界と同化

 上記のふたりが参加する管楽五重奏団“レ・ヴァン・フランセ”は、度重なる来日でわが国の聴衆にも大人気の存在となった。そのレコーディング・セッション(2011年)の動画を、原盤の版権所有者の厚意を得て視聴したことがある。とりわけ圧巻だったのは、ルルーが示す抜群の安定感。演奏する曲が、たとえばリゲティでもバーバーでもツェムリンスキーでも、作品固有の世界に隙なく同化を遂げるフレージング。音の強弱や長短や濃淡は精密にコントロールされ、録音テイクを何度重ねても、その型が常にブレない。どこまで修練を積めばこんなオーボエに……と嘆息も誘われた。

 彼のマスタークラスの風景(2013年頃の収録)がYouTubeでいくつか配信されており、短い動画だがどれも印象に残るものばかりだ。エマヌエル・バッハのソナタでは生徒に向かって「これは実存的な問いをはらむ曲なので、最初の呼びかけに対して応答を返さねばならない」という意味のコメントを発し、自らパッと暗譜で吹く。それがもう有言実行の塊。作品の核をなすものを見抜く眼光は鋭く、歌心は深く、卓越したテクニックはひたすらその支えとなるべく駆使される。つまりは知情意のバランスの理想形に他ならない(彼の夫人のヴァイオリニスト、リサ・バティアシュヴィリにも同様の美質を感じたりする!)。

フランソワ・ルルー

持ち前の洞察性と伝達力で指揮でも活躍

 そんなルルーがソロ活動の一方、ここ5〜6年にわたり指揮者として活躍の場を驚くべきペースで広げているのは、ある意味で納得がいく。音楽家としての自己を投影する器を合奏集団にまで広げても、持ち前の洞察性と伝達力の強さが大いにモノをいうことは容易に想像できよう。ドイツやイギリスの主要楽団(たとえばフランクフルト放送響やバーミンガム市響)からも招聘を受け、独奏者を兼ねた“吹き振り”の演目はもちろん、シンフォニックなレパートリーも含む堂々たるプログラミングで気を吐き、然るべく評価を高めているところだ。

十八番のショスタコーヴィチ「室内交響曲」

 東京・春・音楽祭を飾る2夜のステージは、彼が芸術家として極めた現在の姿に接する上で絶好の機会である。まず、トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニアと共演する4月6日のコンサート。古典派音楽の分野においてピリオド・アプローチが主流を占める今日の世にあって、モダン楽器によるモーツァルト解釈に、指揮と独奏を兼ねたルルーがいかなる指標を刻んでくれるだろうか。そしてショスタコーヴィチの室内交響曲は、指揮活動を始めた頃から“勝負曲”として好んで取り上げてきた彼の十八番。その統率ぶりにも注目したい。

フランス音楽の諸相が眼前に

 盟友エマニュエル・シュトロッセのピアノを得た4月8日のコンサートでは、サン=サーンスから現代にまで至るフランス音楽の諸相が、印象主義から新古典主義、そしてアカデミズムやエキゾティシズムまで幅広くカバーする形で、ミニ展覧会よろしく眼前に像を結ぶこととなる。表層的な感覚美の世界に安住せず、作品の骨子をなすロジックを解き明かしてこそ、自国の音楽の真価が伝わるというルルーの信念も伝わってきそうだ。ドビュッシーでは彼がイングリッシュ・ホルンを手にしたソロに接するという、ちょっとした貴重な体験も待っている。

左:トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア (C)YUSUKE TAKAMURA
右:エマニュエル・ シュトロッセ (C)Jean-Baptiste Millot

【Information】
フランソワ・ルルー(オーボエ)の世界 I ※公演中止
with トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア

2022.4/6(水)19:00 東京文化会館 小ホール
●出演

指揮/オーボエ:フランソワ・ルルー
管弦楽:トウキョウ・ミタカ・フィルハーモニア
●曲目
モーツァルト:交響曲 第29番 イ長調 K.201
モーツァルト(ルルー編):
 モーツァルトのアリアより(オーボエと管弦楽版)
  歌劇《魔笛》K.620
   「おいらは鳥刺し」
   「うっとりするほど美しいこの絵姿」
   「娘っ子か、かわいい奥さんをひとり、パパゲーノ様はお望みだ!」
   「恋すりゃ誰でもうれしいさ」
  歌劇《ドン・ジョヴァンニ》K.527
   「さあ、窓辺においで」
   「私に言わないでください 私の美しいあこがれの人よ」
モーツァルト:オーボエ協奏曲 ハ長調 K.314
ショスタコーヴィチ(バルシャイ編):室内交響曲 op.110a
●料金(税込)
S¥8,000 A¥6,500
U-25¥1,500(U-25チケットは2022.2/17(木) 12:00発売)

フランソワ・ルルー(オーボエ)の世界 II ※公演中止
フランス作品集 ー Bienvenue en FRANCE

2022.4/8(金)19:00 東京文化会館 小ホール

●出演
オーボエ:フランソワ・ルルー
ピアノ:エマニュエル・ シュトロッセ
●曲目
サン=サーンス:オーボエ・ソナタ ニ長調 op.166
デュティユー:オーボエ・ソナタ より 第1楽章、第2楽章
ペク:オーボエ・ソナタ
ボザ:田園幻想曲 op.37
ドビュッシー(G. シルヴェストリーニ編):狂詩曲(イングリッシュホルンとピアノ版)
ピエルネ:小品 ト長調 op.5
プーランク:オーボエ・ソナタ FP185
サンカン:オーボエとピアノのためのソナチネ
●料金(税込)
S¥6,500 A¥5,000
U-25¥1,500(U-25チケットは2022.2/17(木) 12:00発売)


【来場チケット販売窓口】
●東京・春・音楽祭オンライン・チケットサービス(web。要会員登録(無料))
https://www.tokyo-harusai.com/ticket_general/
●東京文化会館チケットサービス(電話・窓口)
TEL:03-5685-0650(オペレーター)

※掲載している公演の最新情報は下記音楽祭公式サイトをご確認ください。