小曽根 真(ピアノ)

節目を迎えてさらなる輝きとエネルギーを放つボーダーレスな世界

(C)Kazuyoshi Shimomura(AGENCE HIRATA)

 1983年にボストンのバークリー音楽大学を首席で卒業した後、世界のジャズシーンに颯爽とデビューした小曽根真。作曲家、ピアニスト、さらに教育者として不動の地位を築き上げた彼は、20年ほど前からクラシック音楽の演奏も手がけるようになった。ガーシュウィンのピアノ協奏曲や「ラプソディー・イン・ブルー」はもとより、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」、バーンスタインの交響曲第2番「不安の時代」などの大曲にも果敢に挑戦する中で、今年7月にはアラン・ギルバート指揮の都響とラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏し、大成功をおさめた。

 「本番では即興的な要素も取り入れましたが、まずは原曲をきちんと弾きこなすところから練習をはじめました。それにしても、ラフマニノフの2番は思った以上の難関でした」

 明るく微笑みながら、小曽根は激しい練習で皮がむけ、変色した指を見せてくれた。

 「ゲネプロのとき本気で弾いてしまったので、本番は指が麻痺してきました。第3楽章のラスト、テンポを上げていくところで僕が先に仕掛けたのですが、アランはそれよりも強烈なターボをかけてくる。とてつもない速さで、スリルに満ちたコーダに突入していきました」

 演奏が終わると、サントリーホールは熱烈な拍手に包まれ、小曽根は何度もステージに呼び戻された。
 「20年前にクラシックを弾き始めたときより、今の方が断然ピアノうまいですよ。なぜなら時間をかけて猛烈に練習しているから」

 若くしてジャズの世界に飛び込み、世界的な名声を確立したのちにクラシック音楽のファンをも虜にしている小曽根も、この3月に還暦を迎えた。
 「ボストンに行く前、僕は大阪のホテルのラウンジやスナックでピアノを弾くアルバイトをしていました。ある日、酔っ払いのおじさんが歌う〈マイ・ウェイ〉に伴奏をつけたのですが、彼は『今までの中で、お前の伴奏がいちばん歌いやすかったわ』って言ってくれたんです。これが、まさしく僕の原点です」

 自分の音楽が誰かを幸せにしている。音楽が人と人とを結びつけ、心と心を繋いでいる。その熱い思いが長い間、小曽根を根底で支え続けてきたが、演奏への姿勢は60歳を機に少しずつ変化してきているのだと言う。

 「最近、世界的なアーティストたちから、『マコト、もっと自分のエゴを出したら?』と言われることが多い。できるだけレベルの高い音楽を完成させるために、演奏全体のバランスを考えると、自分が一歩引く場面が多かったような気がしています。ただ、即興演奏を主体とするジャズには、『ここからは僕自身をむき出しにしていくよ』というシーンも大事。いわば、生身の自分をさらけ出す感覚です。こういう場面を、もう少し増やしていってもよいのかもしれないと思い始めています」

 小曽根の誕生日、3月25日のサントリーホールから始まった「OZONE 60」リサイタルは、来年3月24日のハーモニーホールふくいまで、全国40ヵ所を超える会場で開催される予定だ。さらに、ツアーにあわせて2枚組のCDもリリースされた。クラシックとジャズ、両方の魅力あふれるソロアルバムだ。リサイタルはCDの収録曲が中心となるが、サプライズも用意されているらしい。サプライズといえば、新型コロナウイルスの感染拡大がはじまった2020年にも、小曽根は妻で女優の神野三鈴とともに、自宅からの無料ライブ配信「Welcome to Our Living Room」を53夜連続で開催しファンを驚かせた。

 「ステイホームとか、不要不急とか、いろいろな言葉が飛び交った頃ですね。それまで、僕らの公演に足を運んでくれた方々に感謝の気持ちを込めてライブ配信を企画しました。スタンダード・ナンバーは数百曲弾いたんじゃないかな」

 これからの音楽シーン、ジャズとクラシックの垣根を越えて、つぎつぎに小曽根が投げかけてくれる魅力的なアクションから目が離せない。
取材・文:白柳龍一
(ぶらあぼ2021年12月号より)

【Profile】
1983年、バークリー音大ジャズ作・編曲科を首席で卒業。同年米CBSと日本人初のレコード専属契約を結び、アルバム『OZONE』で全世界デビュー。2003年グラミー賞ノミネート。チック・コリア、ゲイリー・バートン、ブランフォード・マルサリス、パキート・デリベラなど世界的なプレイヤーとの共演や、自身が率いるトリオやビッグ・バンドの活動など、ジャズの最前線で活躍を続けている。また、クラシックにも本格的に取り組み、ニューヨーク・フィル、サンフランシスコ響、シカゴ響など、国内外のオーケストラと、モーツァルト、ラフマニノフ、プロコフィエフなどの協奏曲の演奏でも高い評価を得ている。さらに、映画音楽など、作曲にも意欲的に取り組み、多彩な才能でジャンルを超え、幅広く活躍を続けている。

Information
小曽根 真 60TH BIRTHDAY SOLO
OZONE 60 CLASSIC × JAZZ


2021.11/20(土)14:00 長崎/シーハットおおむら さくらホール
11/21(日)14:00 鳥栖市民文化会館
11/23(火・祝)15:00 三原市芸術文化センター ポポロ
11/25(木)18:30 島根県民会館(中)
11/26(金)18:45 米子市文化ホール
11/28(日)15:00 南城市文化センター・シュガーホール
12/4(土)14:00 長岡リリックホール・コンサートホール
12/5(日)15:00 三重県文化会館
12/18(土)14:00 宮城/マルホンまきあーとテラス
12/19(日)16:00 宇都宮市文化会館
12/22(水)19:00 大阪/住友生命いずみホール
12/25(土)15:00 杜のホールはしもと
12/26(日)15:00 ウェスタ川越
ほか、2022年3月まで全国で開催

問:ヒラサ・オフィス03-5727-8830 
https://makotoozone.com
※公演の詳細は各主催ウェブサイトでご確認ください。