活躍めざましいバリトンの貴公子、加耒徹がギター伴奏で聴かせるドイツ・リートの知られざる色彩

取材・文:香原斗志

 加耒徹の歌は美しい。それは磨き抜かれた潤いのある声が、音楽的に隙なく造形されているからだ。加耒の歌に宿る深い情感と豊かな色彩は、持ち前の高い音楽性を武器に、声を磨き、楽譜を探求した先にしか得られない。立派なバリトンはほかにもいるが、加耒ほど正統的な音楽美に浸らせてくれるバリトンは、日本にはなかなか見つからない。

 したがって引っ張りだこの加耒が、これまでにない味わいを提供してくれるのが、「北とぴあ国際音楽祭2021」で開催される、「シューベルティアーデ 加耒徹バリトン・リサイタル~ギターに大萩康司を迎えて~ドイツ・リートに酔いしれる夜」である。ポイントを加耒自身に語ってもらう。

「今回は私の原点であるシューベルトの作品を中心に、初めてギターと共演する機会をいただき、大きなチャレンジです。収容人数400人のホールで、ギターとやれるのがおもしろい。鍵盤楽器ではなく弦楽器なので、曲の色合いが全然変わるはずで、同じドイツ・リートも少し違う視点で楽しんでいただけると思います」

 選曲等には想像以上の苦労があったという。

「大萩康司さんと相談したところ、ギターの特性上、弾ける調とかなり弾きにくい調があるというんです。ピアノのように2度下げて楽譜を作れば弾けるようになる、という単純なものではないらしく、本当は今回、『冬の旅』はまとめて演奏したかったのですが、演奏が困難な曲がどうしても出てしまいまして。そういうことも含め、選曲にはこだわり抜きました」

「チャレンジ」の結果、希少性という意味でも価値あるリサイタルになった。

「バリトンとギターによるドイツ・リートのリサイタルは、海外のサイトなどを探しても見つかりませんでした。ほぼ初めての試みなのではないでしょうか」

 洗練された加耒の歌が、すぐれたギターの伴奏を得てどう化学変化するか、興味が尽きない。実は、そうした「変化」は、加耒の声楽家人生の原点だという。高校2年まではヴァイオリンを弾いていたが、

「歌はからだが楽器で、それは人それぞれ違う。そこが魅力で声楽を志したんです。いまでもそうですが、コンディションが日替わりで、朝起きたときにその日の状態がわかる。楽器の状態は年齢によっても違うし、季節によっても、朝と夜とでも違います。本番に照準を合わせていくのですが、絞れないというか、いまが本番だったらよかった、ということもあります。それでも微調整し、磨きがかかる時間を狙う。そんな過程が好きですね」

 そうした思いから東京藝大に進学し、「原点」を入り口に歌の世界を広げていった。

「最初に習った地元の先生はドイツ・リートが専門で、大学入学後も、まず『冬の旅』をやろうかという師匠で、シューベルトやシューマンの歌曲を勉強していくうちに、声楽に魅せられていきました。ただ、歌曲だけでは小さな世界に目が向きすぎてしまう。その意味でオペラの経験も活きました。実際、歌曲も大きなホールでは、オペラティックに歌うことを意識して表現を広げる必要もあると思っています」

 もう一つ、加耒の活動の核がバロック音楽で、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)にソリストとして参加している。

「バロックは和声感で音楽がつかめるのが魅力ですね。学生時代は専門的な世界だと思っていたんですが、ヘンデルのオペラに出演する機会を得て、そのときの指揮者が鈴木雅明さんで、それ以降、BCJに声をかけてもらうようになりました。当初、バロック音楽に関して衝撃だったのはピッチが違うこと。また、バロック音楽に接して、それまで五線譜の横のメロディラインで捉えていた音楽を、縦の和音のラインで捉えられるようになり、音程などにもシビアに向き合えるようになりました」

 結果、加耒の音楽は深みを増している。先ごろ発売されたCD『moment-歌道-』に収録された曲について、加耒は「これまで辿ってきた道で、これから過ごしていきたい道でもある」と語るが、それらを貫いているのが「色」へのこだわりだという。

「ドイツ、イギリス、日本、それぞれの色彩感を感じていただきたいと思って、選曲しています。私は自分の表現よりも、曲の魅力を楽しんでもらいたい…。そのために楽譜と言葉にこだわりを持って歌っています。曲によってこんなに色が違うんだと、実感してもらえたらうれしいです」

 ギター伴奏でのリサイタルも、曲の色彩を際立たせるためのもの。だが、繰り返すが、すべては加耒のように、曲ごとの色彩を引き出せる技量があればこそ、である。


シューベルティアーデ
加耒徹バリトン・リサイタル ~ギターに大萩康司を迎えて~

2021.12/9(木)19:00 北とぴあつつじホール
♪ シューベルト:野バラ/海の静けさ/海にて(歌曲集「白鳥の歌」より)/夜と夢/夜曲/セレナーデ
♪ ジュリアーニ:セレナーデ
♪ ウェーバー:子守唄
♪ ブラームス:子守唄
♪ モーツァルト:おいで愛しのツィターよ/夕べの想い
♪ メルツ:遙かなる友へ(ギター・ソロ)
♪ シューベルト:歌曲集「冬の旅」より

問:オフィス・フォルテ03-6220-3367

SACD『moment―歌道―/加耒徹&松岡あさひ』
シューベルト:海の沈黙、漁師のうた/マーラー:歌曲集「さすらう職人の歌」/ヴォーン=ウィリアムズ:リンデン・リー/フィンジ:歌曲集「さあ花束を捧げよう」/山田耕筰:鐘がなります/松岡あさひ:すいぞくかん/コルンゴルト:歌劇《死の都》より/C.M.シェーンベルク:ミュージカル「レ・ミゼラブル」より 他

オクタヴィア・レコード
OVCL-00759 ¥3520(税込)