新譜『肖像』は、後世に残したい名品の宝庫です
日本チェロ界の重鎮にして、先のウィーン・フィル来日公演での共演など最前線で活動を続ける堤剛が、邦人のチェロ作品を集めた2枚組CD『肖像』をリリースする。収録されたのは「サントリーホール初代館長(で義父でもある)佐治敬三にちなむ作品」。現在同ホールの館長を務める堤にとって意味深いプログラムだ。
「佐治のための作品もありますし、すべて当ホールで演奏された曲。オープニング・シリーズ用に書かれた三善晃、細川俊夫各氏の作品等々は佐治が初演を聴いています。企画の発端は松村禎三さんの『肖像』。松村先生は、親交があった佐治に対する深い尊敬と感謝の気持ちを込めて、その『肖像』を意味する同曲を書きました。これは佐治の良いところが表現されていますし、私も松村先生の求道精神に感銘を受けていましたので、CDの形で後世に残したいと考えて当企画が生まれ、邦人チェロ作品の集大成的な内容に至りました」
収録曲のうち、武満徹、黛敏郎の曲以外はすべて堤が初演した作品。サントリーホール・ブルーローズでの録音と相まって、彼自身の思い入れも相当強い。
「優れた邦人作品の紹介も、ホールを情報の発信元にすることも、私に与えられた使命だと思っています。それに私がこうした曲を演奏することによって、続々と現れている優秀な若手チェリストたちのレパートリーにもなるでしょう。このCDはぜひ残しておきたい名品の集まり。録音も素晴らしいので、皆さんに興味をもっていただきたいと思います」
1枚目はピアノとのデュオ作品が4曲並ぶ。
「松村禎三『肖像』は佐治の特徴を凝縮した名曲。湯浅譲二『内触覚的宇宙 Ⅳ』は、宇宙的な大きさがあり、ロマン的でもあるいい曲です。一柳慧『コズミック・ハーモニー』は、ご自身の夢が大きく膨らんだような、先生の特徴がすべて出た作品です。また今回面白いと感じたのが“コズミック(宇宙的)”な作品が多い点。これは邦人作曲家の一つの流れかもしれません。最後の『オリオン』も武満徹が描く天体図。私が初演したチェロ協奏曲『オリオンとプレアデス』の原曲でもあります。今回はピアノの土田さんが天体の動きのような世界を作ってくれたので、星の輝きなどイメージが膨らみます」
ピアノの土田英介は松村禎三の弟子である作曲家。2枚目は、冒頭に「作曲家ゆえに作品の核心を読むことができる」と堤が賞する彼のソロで、佐治夫妻のために書かれた一柳慧の「限りなき湧水」が収録され、以降は無伴奏チェロ作品が4曲続く。
「三善晃『C6H』は、この名が付いた惑星の発見に触発されて書かれた、先生自身の天体図。スケールの大きな名曲中の名曲です。細川俊夫『線 Ⅱ』は彼の若い時の作品で、新たなアイディアが次々に出てくる曲。最後に弓を2本使うので初演時にはかなり話題になりました。新実徳英『横豎(おうじゅ)』は、新しい視点で書かれた日本的な曲で、うねりや唸りのような部分が非常に面白く、アメリカで弾いた際に大きな反響を呼びました。黛敏郎『BUNRAKU』はスタンダード・レパートリー。今や国際コンクールの課題曲にもなっています。太棹のテクニックを用いた作品で、日本音楽の様々な要素が9分間に詰まった凄い曲です」
なお12月後半にはCDとまったく同内容のコンサートも行われる。
「私にとってもチャレンジですが、作曲家の意図を可能な限り実演で示したいと思っています。一つの流れの中で各曲の違いを味わっていただければ演奏家冥利に尽きますね」
「1月には初めて冬に開く霧島国際音楽祭、2月には『チェロの日』のイベント…」と今後も重要な企画が続く堤だが、まずは彼が心を尽くした邦人の名作に耳を傾けたい。
取材・文:柴田克彦
(ぶらあぼ2021年1月号より)
2020.12/20(日)13:30 大阪/ザ・フェニックスホール
12/25(金)19:00 トーキョーコンサーツ・ラボ(完売)
問:東京コンサーツ03-3200-9755
http://www.tokyo-concerts.co.jp
CD『肖像』
マイスター・ミュージック
MM-4084,85(2枚組)
¥4000+税
2020.12/25(金)発売