秋山和慶(指揮) 新日本フィルハーモニー交響楽団

幽玄の美を湛えた祈りの響きに耳を傾ける

左:秋山和慶 ©堀田力丸
右:児玉 桃 ©Marco Borggreve

 83歳のマエストロ秋山和慶の存在がますます重みを増している。長く親密な関係にある新日本フィルハーモニー交響楽団との今回の演奏会も、意欲的な内容だ。

 まず、ピアニスト児玉桃を独奏に迎えての細川俊夫「月夜の蓮」。児玉が2006年にドイツで初演したこの曲はモーツァルトのピアノ協奏曲第23番の第2楽章を基層とし、月夜に咲く蓮の花の「宇宙の謎めいたエネルギー(作曲者言)」を表現する。モーツァルトの断片が濃密な音響の中で明滅し、洋の東西が神秘的な開花の過程で結ばれる。筆者は小澤征爾指揮・水戸室内管弦楽団(MCO)との2006年の日本初演(於:水戸芸術館、ECMからCD化)および2008年のMCO定期、欧州ツアー(ラデク・バボラーク指揮)と児玉の演奏をスタッフとして聴いたが、その幽玄な精神性が欧州の聴衆の感興を呼び覚ましていたのが印象的だった。以来20回以上この曲を弾いてきた児玉が、秋山との共演でいかなる開花の時を紡ぐか。

 ラフマニノフの交響曲第2番は秋山の得意曲目であり、広島交響楽団との録音もある。後期ロマン派の手法による大曲だが、滔々たる流れの中で複数の主題(その中にはラフマニノフ生涯のライトモティーフであるグレゴリオ聖歌「怒りの日」の旋律もある)が変容してゆく姿は、文学におけるジェイムス・ジョイスやヴァージニア・ウルフの「意識の流れ」を感じさせ、実は20世紀的でもある。一夜の時間を凝縮した「月夜の蓮」と対をなす、豊かな音楽的時間を体感させてくれるだろう。
文:矢澤孝樹
(ぶらあぼ2024年2月号より)

第654回 定期演奏会
〈トリフォニーホール・シリーズ〉 
2024.3/2(土)14:00 すみだトリフォニーホール
〈サントリーホール・シリーズ〉 
2024.3/3(日)14:00 サントリーホール
問:新日本フィル・チケットボックス03-5610-3815 
https://www.njp.or.jp