INTERVIEW 大西宇宙(バリトン)

4つの言語で7人の作曲家の“旅”を歌う

 国内外で多彩な活動をつづけるバリトン歌手の大西宇宙が、実力派ならではの興味深いプログラムでリサイタルを開催する。五島記念文化賞オペラ新人賞研修成果発表という重厚なタイトルを冠した今回の公演について、大西宇宙から話を聞いた。

大西宇宙(c)Simon Pauly

ーー大西さんが受賞したのは2019年の時ですね。

 五島記念文化賞は、東急グループ代表だった故・五島昇代表の業績を記念して、1990年に創設されました。オペラ歌手や美術家が海外で研鑽を積めるよう助成してくれる仕組みです。ただ、僕が受賞した2019年から翌年にかけての時期は、もろにコロナ禍にぶつかってしまいました。

 当時、僕自身はすでに海外での仕事もあったのですが、コロナの影響で欧米の劇場がすべてクローズになる状況と重なったわけです。

 公演やオーディションの機会は無くなりましたが、財団からの助成があったので、帰国せず海外に留まることができました。自分で自分を見直し、さらに研鑽を積む時間が持てたこと、これは本当にありがたかったです。

ーー今回のリサイタルは研修成果発表というタイトルになっています。

 研修期間で学ぶことができたことを、リサイタルの形で表現する公演になります。僕にとって、たいへんだった1年間を総括するというか、レミニッセンス(回想)する選曲になっていると思います。コロナ禍とはいえ、世界のあちこちに赴き研鑽を積むことができた時期なので、旅とアドベンチャーをテーマにしてみました。

ーーとても意欲的なプログラムですね。

 イベールとマスネの《ドン・キショット》、これはドン・キホーテの話で、いわば無謀な旅がテーマ。ヴォーン・ウィリアムズも旅をテーマにした歌曲です。マーラーの「リュッケルトの詩による5つの歌」は、実際の旅と関連しているわけではありませんが、喪失と再生という、心の旅がテーマになっていると僕自身は感じています。

 今回は、イベール、ヴォーン・ウィリアムズ、マーラーという3つの連作歌曲がプログラムの核になっています。僕は歌曲を大きい幹として捉えていて、これを如何に自分なりの巨木に育てるかが大切。ある程度決まった動きや、舞台セットなどがあるオペラとは異なり、歌曲の場合は、自分の創造性が試されるというか、自分で世界観を構築しなければならない。ある意味、自由だと言うこともできますけれど、その分、責任は限りなく重くなります。

ーーヴォーン・ウィリアムズの「旅の歌」は、聴く機会の少ない歌曲だと思うのですが。

 たしかにそうですね。だからこそ、多くの皆さんに聴いていただきたいと思っています。ほかの音楽にはない、独特な響きがあります。ドイツロマン派とは違うイギリスの和声感というか、ヴォーン・ウィリアムズをあまりご存知ない方からすると、ハッとするような瞬間が随所に現れると思います。シューベルトの「冬の旅」の系譜にあるといえるのですが、「旅の歌」の言語が英語であることも独自の世界観を醸し出しているのかもしれません。

ーー今回のリサイタルは、フランス語、ドイツ語、英語、ロシア語と、じつに多言語な曲目構成ですね。

 僕のリサイタルの特徴は、つねに多言語でプログラム構成することを意識していて、自分の声というフィルターを通して、さまざまな国の作曲家が書いた曲を聴いていただきたいと考えてきました。以前から、そのようなスタイルでやってきています。言語と歌は切り離せない関係にあるわけですが、プログラムのラストに置いたヴェルディの《ドン・カルロス》も、現在ではイタリア語で歌われる《ドン・カルロ》が一般的ですね。ただ、今回はヴェルディがパリ・オペラ座のために書いたオリジナル版、フランス語の《ドン・カルロス》に回帰してみたいと思いました。

ーー伴奏のブライアン・ジーガーさんはどのような方ですか

 彼がいなかったら、僕はアメリカに行っていなかったと思います。ジュリアードのオーディションで、彼が僕を見出してくれて、最終的な審査も満場一致でした。メトロポリタン歌劇場の若手養成所の元所長で、ジュリアードでも教鞭をとる超多忙な方です。

 正式なリサイタルでは、今回が初の共演となります。

ブライアン・ジーガー(c)Jared Slater

ーージーガーさんは、デボラ・ヴォイト、アンナ・ネトレプコ、スーザン・グラハム、キリ・テ・カナワ、フレデリカ・フォン・シュターデなど、錚々たる方々と共演していますね。

 僕は、音楽には系譜があると考えています。ジーガー先生のように、多彩な共演歴を持つ方と演奏するのはとてもプレッシャーを感じることではありますが、彼を通して、先達の歌の佇まいのようなものが伝わってくるのです。

 実際、僕が昨年レコーディングした『詩人の恋』というCDアルバムも、日本音楽界のレジェンドと呼ばれる小林道夫先生に伴奏をお願いしました。

 彼はフィッシャー=ディースカウや、ヘルマン・プライといった往年の大歌手たちと共演していて、その時のお話を伺うだけでもたいへん勉強になりました。直接、大歌手から学ぶことも大切ですが、それらの歌手たちを伴奏で支えてきた人を経由して聞く話はとても貴重です。

ーーオペラをはじめ、数多くの舞台で活躍中の大西さんですが、今年、ご自身の世界観で構築されたリサイタルはこの公演だけだと思います。

 その通りです。もちろん、他の舞台もぜひご覧いただきたいのですが、今回のリサイタルは、ジーガー先生と共に練り上げた文字どおりの「成果発表」と言えます。

 ジーガー先生に見出されてアメリカに渡った僕が、コロナ禍を経てたどり着いた現在の境地、ぜひ、旅とアドベンチャーのプログラムの中に感じ取っていただければ嬉しいです。

取材・文:白柳龍一

【Information】
五島記念文化賞オペラ新人賞研修成果発表
大西宇宙 バリトン・リサイタル

2023.10/22(日)14:00 びわ湖ホール(小)
10/24(火)19:00 東京文化会館(小)

出演/
大西宇宙(バリトン)
ブライアン・ジーガー(ピアノ)

曲目/
イベール:ドン・キショットの4つの歌
マスネ:歌劇《ドン・キショット》より「笑え、哀れな理想家を」
コルンゴルト:歌劇《死の都》より「ピエロの歌」
ヴォーン・ウィリアムズ:旅の歌(全9曲)
マーラー:リュッケルトの詩による5つの歌
プロコフィエフ:歌劇《戦争と平和》より「輝くばかりの春の夜空だ」
ヴェルディ:歌劇《ドン・カルロス》より「私の最後の日」

問:びわ湖チケットセンター 077-523-7136(10/22のみ)
www.biwako-hall.or.jp
ジャパン・アーツぴあ 0570-00-1212
www.japanarts.co.jp

【information】
CD『シューマン:詩人の恋 他/大西宇宙&小林道夫』

シューマン:詩人の恋/ベートーヴェン:遥かなる恋人に寄す/シェーンベルク:2つの歌 op.1

大西宇宙(バリトン)
小林道夫(ピアノ)

BRAVO RECORDS
BRAVO-10010 ¥3300(税込)