3月20日、指揮者で日本ヴィラ゠ロボス協会会長を務める木許裕介(きもと ゆうすけ)による新著『ヴィラ゠ロボスーーブラジルの大地に歌わせるために』(春秋社)が刊行され、同22日、スタインウェイ&サンズ東京(東京・表参道)で出版記念イベントが開かれた。
エイトール・ヴィラ゠ロボス(1887〜1959)は、幼少期よりクラシック音楽に親しむ一方で、ブラジルの民俗音楽に根ざした多くの作品を遺した。日本では、名前こそ知られるものの、「ブラジル風バッハ」などの例外をき、多岐にわたる作品群に触れる機会は多いとは言えない。木許によれば、作品の総数は約600曲余りとも言われるが、楽譜が現存し演奏可能なものは実質約300曲。2021/22年にヴィラ゠ロボス博物館による最新の作品目録が出版されたことにより、今後研究が進んでいくことが期待される。
著者の木許裕介は、1987年生まれ。2018年にBMW国際指揮コンクール(ポルトガル)を制し国際的に活躍。ベネズエラの「エル・システマ」の活動に基づいたエル・システマジャパンの音楽監督を務めるなど、南米地域との関わりが深い。特に、駐日ブラジル大使館との協働に尽力、2022年にはブラジル独立200周年記念コンサートを共催し、両国の文化的な架け橋となるべく精力的に活動している。
本書は実に500ページにわたる大著。日本語による初のヴィラ゠ロボス評伝となる。第 I 部「生涯と作品」では、ヴィラ゠ロボスの生涯、創作に影響を与えたブラジル音楽や時代背景について、先行研究も含めた徹底したリサーチのもと、年代に沿って紹介されている。特に、パリに学んだ作曲家のフランス音楽との関わり、日本での受容といった視点でも論じられる。第 II 部では、ヴィラ゠ロボスの膨大な作品の分析がジャンルごとにまとめられているほか、著者の指揮者としての演奏経験を踏まえた内容となっているのが興味深い。
パリに渡りさまざまな芸術家との交わりのなかで、大きなショックを受けたヴィラ゠ロボスは、自らのルーツを問い直し、ブラジルに根ざした作品を書くことを目指す。ただ、この稀代の作曲家の横顔はそれだけではない。さらに、木許は「作曲家や指揮者として活躍することはもちろん、もっと大きな夢を託されたことに極めて自覚的であった」と指摘し、人物像をより多面的に捉え直そうと試みる。
「彼は、国を動かし、一国の音楽教育、そして文化芸術の未来に貢献しようとする広い視野と凄まじい行動力をもっていた。作曲の論理や誰々に師事したという影響関係の痕跡をあえて消して、自分の師匠はブラジルの大地であると語っていました。その意味において、ヴィラ゠ロボスの生涯は、アーティストにいったい何ができるのか? そういう鮮やかな先行事例です。私がヴィラ゠ロボスに共感して憧れるのは、まさにこの点においてなのです」
この日のイベントには、書籍にもメッセージを寄せているオタヴィオ・コルテス駐日ブラジル大使が臨席。ヴィラ゠ロボスについて「彼の音楽遺産は膨大でさまざまなジャンルに及び、その作品はブラジルのポピュラー音楽とクラシック表現との完璧な融合を象徴する」と語り、木許の著作を「日本におけるブラジルのクラシック音楽の普及にとって記念碑的な作品」と称えた。また、日本ヴィラ゠ロボス協会副会長でもあるピアニストの清水安紀が、6曲のピアノ曲を披露した。
【Information】
木許裕介 『ヴィラ゠ロボスーーブラジルの大地に歌わせるために』(春秋社)
◎第 I 部 生涯と作品
第一章(1887-1905)バッハとショーローーヴィラ゠ロボスの原点
第二章(1905-1914)ブラジルを旅してーー新しい響きの追求
第三章(1914-1923)アヴァン・ギャルドの作曲家ーー近代芸術週間、そしてパリへ
第四章(1923-1930)エキゾチズムのジレンマーーパリの衝撃、祖国の相対化
第五章(1930-1945)「ブラジル」作曲家としてーー国家の文化政策と音楽教育に尽力
第六章(1945-1959)世界的作曲家としてーーもうひとつの故郷、アメリカ
◎第 II 部 作品総論
ギター作品/ピアノ作品/室内楽曲/交響詩・バレエ音楽/弦楽四重奏曲/「ショーロス」/「ブラジル風バッハ」/声楽作品/交響曲/協奏曲(および協奏的作品)/オペラ/映画音楽/そのほか管弦楽曲