ジュネーヴ国際音楽コンクール セミファイナル

2022秋 高坂はる香の欧州ピアノコンクールめぐり旅日記 2

取材・文:高坂はる香

 ジュネーヴ国際音楽コンクールピアノ部門は、4日間にわたるセミファイナルが終了。ファイナルに進む4名のピアニストの名前が発表されました。当初3名の予定が、4名となった形です。

Sergey Belyavsky(28歳、ロシア🇷🇺)
Kevin Chen(17歳、カナダ🇨🇦)
五十嵐薫子 Kaoruko Igarashi(27歳、日本🇯🇵)
Zijian Wei(23歳、中国🇨🇳)

 個性豊かな猛者揃いだったので、結果の予想はつきませんでしたが、かなりタイプの違う4人のピアニストが選ばれました。

 セミファイナルは、前回の記事でご紹介したとおり、ソロと室内楽の2ステージ。というわけで、一部のステージの様子を振り返ってみたいと思います。

 まずソロリサイタルは、時間が60~75分と、けっこう長い。プログラミングは自由で、各人そのプログラムのコンセプトを説明する、以下のプログラムノートを提出する必要がありました。

https://www.concoursgeneve.ch/site/app/webroot/kcfinder/upload/files/piano_demi_recital.pdf

 一方室内楽は、ベートーヴェンのチェロ・ソナタから1曲と、指定の歌曲から1作品選ぶというもの。室内楽としてクァルテットなどの課題はよくありますが、デュオというのは少し珍しいかもしれません。今回実際に聴いてみて、1対1のぶん、よりいっそう共演者への影響がわかりやすく表れて、おもしろいものだなと思いました。

 評価の割合は、前の記事でも紹介した通り、リサイタル45%、室内楽35%です。
 そして残りの20%を占めるアーティスティック・プロポーザルについては、その内容は基本非公開で、審査員のみが見るとのこと。その意味で、この20%の評価については一般の聴衆からはわかりません。
 各コンテスタントは、ジュネーヴに到着してから、ロンドンのジャーナリストからプロポーザルについてのインタビューを受け、その映像を審査員が見ているそうです。各言語対応の通訳付き。
 事務局の方によれば、今回初めての試みとして取り入れられたこの課題に戸惑う参加者の声ももちろん聞こえたけれど、今のところはうまくいっているようだ、とのこと。

 さて、演奏について。
 今回客席で聴いていてまず気になったのは、このフランツ・リストホールがけっこう響くので、一部のパワーのあるピアニストの演奏のとき、ちょっと音が洪水状態になってしまっていたということ。多くのコンテスタントがそのコントロールに苦労していた模様。Sergey Belyavskyさんなどは、「自分の音がかえってくるのを聴いて次の音を鳴らす、その調整が大変だった」と話していました。
 ただ、聞くところによると、今回は本番のピアノ、ステージで練習する時間もけっこうあったそうです。お客さんが入ることで響きすぎる状況もおさまったはずですが、その変化への柔軟な対応が求められたと思います。
 ちなみに私たち一般聴衆は1階席で聴いていましたが、審査員が座っているのは2階席です。

(c)Haruka Kosaka

 リサイタルは自由選曲でしたが、今回、リストによるゴージャス系の編曲作品を弾いている人がけっこう多かった! 課題にそういう縛りがあるのかと一瞬思うほど、リスト編曲作品を選んでいる人が目立ちました。
 みなさん、ここがフランツ・リストホールだということにひっぱられた感じなのか、もしくは、「巡礼の年 第1年」スイスのイメージから、ジュネーヴ・コンクールといえばリストという連想があったのか。特に、「ドン・ジョヴァンニの回想」は3人が選んでいました。

Sergey Belyavsky(c)Anne-Laure Lechat

 そんな「ドン・ジョヴァンニ」を選んだ人の一人、Sergey Belyavskyさんは、プロコフィエフのピアノ・ソナタ第6番からはじめ、強烈な音で聴衆を惹きつけていました。自分の持ち味がわかっていらっしゃる。これを聴いただけで、他のプログラムも聴いてみたいなと思わせたように感じます。さすが28歳のベテラン。モスクワ音楽院ではエリソ・ヴィルサラーゼに師事、今はアメリカでスタニスラフ・ユデニッチのもと学んでいます。
 ファイナルではプロコフィエフの3番の協奏曲を弾くということで、楽しみです。合いそう。

Kevin Chen(c)Anne-Laure Lechat

 カナダの17歳、Kevin Chenさんも、「ドン・ジョヴァンニ」を弾いていました。
 とにかく弾ける、さらに音楽の運びが自然で、正統派ピアニストという印象。経歴を見ると、昨年ハンガリーのリスト・コンクールで優勝…つまり、まだ16歳のときに優勝したということ。室内楽のステージでも、共演者とのコミュニケーションが驚くほどスムーズかつ自然で、若いからアンサンブルの経験が少ないのでは…という心配はまったく無用でした。すごい。ファイナルではショパンの1番を演奏します。
 今回、彼に加えてもう一人、ロシアのVsevolod Zavidovさんが17歳でしたが、彼もまた室内楽を楽しそうに演奏し、リサイタルも確信に満ちた音楽をしていました。若くても、できる人はできる。

Miyu Shindo(c)Anne-Laure Lechat

 もう一人の「ドン・ジョヴァンニ」は、日本の進藤実優さん。
 リサイタル、とにかく音楽の流れが自然で、音の鳴らし方も丁寧、のびのびとした音楽がとても魅力的でした。このすごく響くホールで、音のコントロールも絶妙だったように思います。それだけに、結果はとても残念でした。

Karauko Igarashi(c)Anne-Laure Lechat

 そして、日本からファイナルに進んだ、五十嵐薫子さん!
 ソロリサイタルは、シューベルト=リストの「12の歌」と、ベートーヴェンの「ハンマークラヴィーア」という思い切ったプログラム。
 室内楽のほうは、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ第3番、リストの「ペトラルカの3つのソネット」で、柔らかい音を自在に操りながら、共演者に寄り添う演奏を聴かせてくれました。
 そしてなにより、ステージに立ったときの雰囲気が華やかで良い! これも一つ重要なポイントですね。もちろん、まずは音楽ありきですが。
 ファイナルで演奏するのは、プロコフィエフの3番のコンチェルトです。

Jae Sung Bae(c)Anne-Laure Lechat

 ファイナルには進めませんでしたが、韓国勢も個性派揃いでした。
 まずJae Sung Baeさん。先のヴァン・クライバーン・コンクールに優勝して話題になったイム・ユンチャンさんと同門、韓国芸術音楽大学のソン・ミンスさんのお弟子さんです。室内楽など、パワフルな音で共演者を盛り立てるというか、むしろあおるくらいの音楽が印象的でした。

Yonggi Woo(c)Anne-Laure Lechat

 Yonggi Wooさんは、現在エッセンの音楽大学でエフゲニ・ボジャノフの門下として学ぶ方。そのためもちろん低い椅子を使用。とても個性的な「展覧会の絵」を聴かせてくれました。ちなみに韓国ではシン・スジョン門下。チョ・ソンジンさんと同期だそうです!
 日本語がちょっとできるというので、何を知ってるの?と聞くと、「オマエハモウシンデイル」と言われました。北斗の拳!

Zijian Wei(c)Anne-Laure Lechat

 そして、ファイナリストとなったZijian Weiさん。
 去年のショパン・コンクール出場組です。彼は中国のみで勉強しているピアニスト。声をかけてみましたが、中国語オンリー。
 ソロでは正直、そのものすごくパワフルな音に、音の洪水に飲まれるような印象があったのですが、とにかく作品が好きだということは伝わってくる。そしてその「作品が好き」感が、室内楽では特に顕著。チェロ・ソナタではピアノに呼応してチェロがより生き生きと響き、歌曲では、歌曲のリサイタルに来ている感じを覚える見事な“黒子ぶり”で歌を引き立てていました。
 ファイナルではリストの1番のコンチェルトを演奏します。

 ここから3日間の空き日があり、ファイナルは11月3日、会場をヴィクトリア・ホールに移して行われます。共演は、マルゼナ・ディアクン指揮、スイス・ロマンド管弦楽団。どんな演奏を聴くことができるのか、楽しみです!

♪ 高坂はる香 Haruka Kosaka ♪
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に「キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶」(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/