ユベール・スダーン(指揮)

ベルリオーズがつくりあげた「音のカラー」を堪能していただきたい


 日本ではコンサートの現場で親しまれている名匠ユベール・スダーン。イタリアやフランスでは歌劇場で指揮することも多く、CD化されたドニゼッティ《愛の妙薬》や、サン=サーンスの秘曲《エチエンヌ・マルセル》蘇演といった伝説的名演も広く知られている。そのスダーンが、来る9月にベルリオーズの名作、劇的物語《ファウストの劫罰》全4部を演奏会形式で取り上げる。独自の世界観が際立つ作品の魅力を存分に語ってもらった。
「19世紀の当時、ベルリオーズの活動はある種の“社会現象”になっていました。新曲を欲しがったパガニーニが『2万5千ギルダー支払います』と頼んだり(笑)、あのメンデルスゾーンも『幻想交響曲』に心酔して、ある上演の際に第2ハープ奏者が居なかったときピアノで代わりに自ら弾いたり…。この作曲家の音楽性と企画力は本当に特別なものでした。ドイツ音楽にワーグナーが果たした役割と同じぐらいに重要な、フランス音楽史に輝く偉大な人物だと思います。ちなみに、ベルリオーズはオペラも何作か書きましたが、《ファウストの劫罰》は中でも異色の存在ですね。世界初演も、彼自身の指揮にて演奏会形式で行われています」
 ここで、《ファウストの劫罰》が「異色たるゆえん」をじっくりと。
「まずは物語の内容が非・連続的です。もともと『ファウスト八景』という場面集から発展した作品でもあり、普通のオペラのようにドラマを綿密に繋げてはおらず、情景ごとの独立性が高いです。いわば、連作された絵画集のようなもの。筋運びもいきなり飛びますからね。でも、演奏会形式ならベルリオーズの見事な音楽に集中して浸っていただけると思いますよ。音楽面では、冒頭から自然の息吹が響き渡る点が興味深いです。弦の穏やかなハーモニーの中に、鳥の声や蛙の声を思わせるフレーズが木管で飛び込んで来たり…『幻想』と同じく、“イデー・フィクス”(idée fixe:固定楽想)に溢れた曲です。劇中では〈ハンガリー行進曲〉やマルグリートの名アリア〈激しい炎のような愛は〉が特に有名ですが、後半の〈朗唱と狩り〉なども隠れた聴きどころでしょう。語るように歌うレシタティフ(朗唱)とホルンの重奏だけの一場ですね。悪魔メフィストフェレスとファウスト博士が、語りのリズムそのままに歌声で対話します。昔の録音だと適当に流してしまうものもありますが、私は歌手たちとみっちり稽古して本番に臨みますからね(笑)」
 このほか、〈アーメン!〉の一言を学生ブランデルと酔客たちがフーガで繰り返す大合唱、「ヴァイオリンが一音も鳴らない曲」たるマルグリートのバラード〈トゥーレの王〉、そして大詰めの悪魔的なシーン〈地獄への騎行〉もベルリオーズならではの聴かせどころだろう。
「本作では、まずは何より、ベルリオーズが作り上げた、個性的な『音のカラー』を皆さんに堪能して頂きたい。フーガのコーラスもそれは壮麗ですし、クラシック音楽の9割がヴァイオリン重視のところ、ベルリオーズの音色は中低声の弦楽器群が主に作り上げるといった点も、聴いていてはっとさせられますよ。また、〈地獄への騎行〉では、『スル・ポンティチェロ(弦楽器が駒寄りで擦る特殊奏法)』の効果も著しいですが、歌声が呪文のような不思議な歌詞を積み重ねる辺りも、それは不気味なサウンド・エフェクトを生み出しています。でも、そうした場景の果てには、合唱を交えた精妙なフィナーレである〈マルグリートの昇天〉がもたらされます。この格別の静けさも本当に独自の境地ですね…今回は、東京交響楽団という長年よく知っているオーケストラと、《ファウストの劫罰》を一音もカットせずに演奏できるのです! 何も心配するところはありません。ソリストの歌手たちも合唱団もこの新しいレパートリーに熱意をもって取り組んでくれると思います。客席の皆さまと共に、舞台上の我々も、美しく良い時間を過ごせるものと確信しています」
取材・文:岸 純信(オペラ研究家) 写真:藤本史昭
(ぶらあぼ 2016年9月号から)

東京交響楽団創立70周年記念公演
ベルリオーズ:劇的物語《ファウストの劫罰》
コンサート形式(字幕付)

ユベール・スダーン(指揮) 東京交響楽団
出演 ファウスト:マイケル・スパイアーズ
   メフィストフェレス:ミハイル・ペトレンコ
   マルグリート:ソフィー・コッシュ ブランデル:北川辰彦
合唱:東響コーラス、東京少年少女合唱隊

第644回 定期演奏会 
9/24(土)18:00 サントリーホール
第57回 川崎定期演奏会 
9/25(日)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール

問:TOKYO SYMPHONY チケットセンター044-520-1511
http://tokyosymphony.jp