“新しいオペラの扉をひらく”〜井上道義×野田秀樹《フィガロの結婚》全国共同制作プロジェクト

12月14日 (月、13日(日)深夜)00:16から、NHKBSプレミアムで、井上道義×野田秀樹《フィガロの結婚》〜庭師は見た!〜が放映。(12月13日更新) https://ebravo.jp/tvfm http://www4.nhk.or.jp/premium/

【追加公演決定!】早々に完売となっていた東京芸術劇場での野田秀樹×井上道義《フィガロの結婚》の追加公演が10/22(木)に。発売は8/25(火)。完売となっていた10/24(木)、25(金)の追加席も同時発売(8月4日更新) 詳細→ http://www.geigeki.jp/performance/concert054/

 5月26日の金沢を皮切りに全国を巡演中の、全国共同制作プロジェクト、モーツァルト/歌劇《フィガロの結婚》〜庭師は見た!〜。
 キャッチフレーズは“誰も見たことのない新しいオペラの幕が開く”だ。

 演劇界とクラシック音楽界の2人の鬼才、野田秀樹と井上道義のタッグによる上演とあって、これまでのオペラにはなかった、“オペラと演劇の結婚”!とも言うべき新機軸に期待が集まり、すでに終演した金沢(5/26)、大阪(5/30、31)、兵庫(6/6、7)公演は、いずれもほぼ満席。終演後の会場はスタンディングオベーションに沸いた。

 30年ほど前から野田を口説いていたという井上だが、これまで何度も断られ続けてきた。しかし、2008年から東京芸術劇場で継続的にシアターオペラを上演してきた井上の、2007年1月からのオーケストラ・アンサンブル金沢音楽監督&石川県立音楽堂アーティスティック・アドバイザー就任にともない、2009年からは金沢やその他の地域とも連携するようになり、時を同じくして2009年、東京芸術劇場の初代芸術監督に野田秀樹が就任したことから、2人のタッグは現実味を帯びてきた。

【参考:井上道義が指揮したこれまでの東京芸術劇場でのシアターオペラとコンサートオペラ】
●2008年 東京芸術劇場シアターオペラvol.3 マスカーニ《イリス》
●2009年 金沢歌劇座/オーケストラ・アンサンブル金沢/東京芸術芸劇場/読売日本交響楽団共同制作東京芸術劇場シアターオペラvol.4 プッチーニ 《トゥーランドット》

●2011年 東京芸術劇場&読売日本交響楽団/京都コンサートホール&京都市交響楽団共同制作東京芸術劇場シアターオペラvol.5 マスカーニ《イリス》
●2013年 5都市共同制作公演 東京芸術劇場シアターオペラvol.6 ビゼー《カルメン》
●2013年 東京芸術劇場コンサートオペラvol.1 バルトーク《青ひげ公の城》

 2011年当時、井上は《イリス》上演に際し、次のように語っていた。
「今回、東京だけでなく京都でもやりますが、じつは日本中でやりたい。それぞれの地方のオーケストラとやりたいくらい」
参考:■井上道義インタビュー Vol.4:マスカーニ/歌劇《イリス》京都上演の意義

 その言葉通り、2009年の金沢を発端に、2013年の《カルメン》ではついに、石川県、福井県、富山県、東京都、宮城県の5都市にまで拡がった。

 その後、昨年、咽頭がん治療のため、4月半ばから演奏活動を休止した井上だったが、半年あまりの療養を経て10月11日からの演奏活動復帰を前に東京芸術劇場で行った記者会見の席で、野田秀樹とのプロジェクトを発表。「ずいぶん前から野田を口説いてた。せっかくやるなら一回や二回じゃなくて、日本中でやろうとなった」と喜びを口にした。
 
 発表された公演数は、全国10都市13公演。各地域のオーケストラと地元合唱団も加わっての上演は、まさに井上が長年思い描いてきたものだった。
 これは、2012年に施行された「劇場,音楽堂等の活性化に関する法律(いわゆる「劇場法」)」に基づき文化庁の行う「劇場・音楽堂等活性化事業」の共同制作支援事業として広域支援がなされたことによるところが大きいが、2012年10月、東京芸術劇場に集まった野田、井上とスタッフ間での協議で2015年5月からの上演が決定した。これまでの井上の活動が結実した瞬間だった。

 こうして、全国共同制作プロジェクトとして発進した『井上道義×野田秀樹、モーツァルト/歌劇《フィガロの結婚》〜庭師は見た!〜』は、野田を中心に、キャスト、スタッフが参加しての半年以上にわたるワークショップを経て、2015年5月26日の金沢初日を迎えた。

★★★ここから先は、ネタバレがありますので、これからご覧になる方は要注意★★★

 今回のプロジェクト名についている「〜庭師は見た!〜」の文字。これは、それまでオペラのなかではあまり顧みられることのなかった役であるアントニオ(庭師アントニ男)が語り部(狂言回し)となり、これまでわかりにくかった《フィガロの結婚》をわかりやすく読み解こうという野田流の演出からきたもの。井上によると、いわば「野田はみた!」。すなわち、演劇人・野田がオペラを読み解くとどうなる?というものだ。
 
「日本人に生まれたら、やはり日本人の役が楽に決まってる。着物着るとやっぱりきまりますよね。世界中の人が観ても、なるほどなあ、とわかってくれる」
《イリス》上演の際に井上が口にした言葉だ。
参考:■井上道義インタビュー Vol.1:マスカーニ/歌劇《イリス》のよさについて

 
 

2011年東京芸術劇場シアターオペラ《イリス》から Photo:M.Terashi
2011年東京芸術劇場シアターオペラ《イリス》から
Photo:M.Terashi

 日本人が違和感なく外国人といっしょにいる存在、設定は何か?そこからのスタートだった。
 時代設定を「黒船の時代」になぞらえた。伯爵と伯爵夫人は外国人で(のちにケルビーノも外国人を起用することに)、フィガロとスザンナは日本人で・・・。そのため、フィガロをフィガ郎に、スザンナをスザ女(すざおんな)とするなど、日本人の扮する役名はすべて日本語読みに代えた。

 通常、原語で歌われる歌詞や台詞(朗唱・レチタティーヴォ)は、今回、外国人はイタリア語で、日本人は日本語で語り、歌う(重要なアリアや一部レチタティーヴォは日本人も原語で歌う場合もある)。日本人の衣裳はみな着物だ。

 オペラはまず冒頭、庭師アントニ男による語りで始まる。吟遊詩人の口上に名優・仲代達矢を起用した《青ひげ公の城》をヒントにしたか、通常このオペラは序曲から始まるが、そうではない。
 「まずはこうして、望遠鏡をさかしまに覗きます。そうすれば、遠い昔の物語が昨日のことのように想い出されます。時は黒船の世。所は長崎。港が見える丘。そこに伯爵と伯爵夫人を乗せた黒船がやってまいります」といった具合。

 台詞には、これまでの野田作品に特徴的な“言葉遊び”がふんだんに取り入れられ、オペラになくてはならない字幕(対訳)にもこだわった。野田の翻案を音楽スタッフが音にあわせ歌うとどうなるかを吟味、それをキャッチボールしながら作り上げた。
 字幕は、舞台への視線が妨げられないよう、舞台奥に横書きで投影するなど、工夫されている。

 コンサートホールでのオペラとあって、少ないセットながらも、3つの箱をうまく利用し、あるときは●●●に、あるときは▲▲▲にと早変わりする。そのほか、演劇アンサンブルが棒を使って、あるいは、アンサンブル自身がモノとなったり、キャストたちの影の声や深層心理を表現、と、いろいろな工夫をしながら場を作っていく。野田が会見の席で「当初いただいた話だとコンサートオペラということだったので、演出の手口は限定されるけど、そこは小劇場出身なので、自分の出自・経験を活かしたい」と語っていたが、その面目躍如だ。

 “西洋と日本の出会い”にはじまり、“西洋と日本の結婚”がテーマの今回の井上×野田《フィガロ》。これまで井上が手がけたシアターオペラにもよく使われている「文楽」の手法も取り入れた。

2011年東京芸術劇場シアターオペラ《イリス》からホリ・ヒロシによる人形の舞 Photo:M.Terashi
2011年東京芸術劇場シアターオペラ《イリス》からホリ・ヒロシによる人形の舞
Photo:M.Terashi

「僕がやってるコンサートオペラは、サントリーホールのやっているホール・オペラ(R)とはちょっと違う。オーケストラが主役、オペラは音楽。劇じゃないし、歌じゃない、オペラは音楽です」
参考:■井上道義インタビュー Vol.4:マスカーニ/歌劇《イリス》京都上演の意義

 井上自身、野田の演出のすばらしさは認めながらも、やはりオペラにおける“音楽”の部分にこだわる井上。野田の間には、開幕ギリギリまで意見の相違もあったというが、初日の金沢歌劇座のカーテンコールでは二人が抱き合い(というよりも、井上が野田を抱きかかえた!)成功を祝った。

 さて、ぶらあぼ6月号(5/18発行号)の表紙を飾った井上道義と野田秀樹。その表紙をよくよく見ると、井上が扉を開こうと取っ手に手をかけているのがわかるだろう。そこには、二人の「誰も見たことのない新しいオペラの扉を開こう」という並々ならぬ意思が込められていたのである。

【フォト・レポート】
■全国共同制作プロジェクト 井上道義×野田秀樹《フィガロの結婚》〜庭師は見た!〜 新演出
(以下、写真はすべて2015.5.24 金沢歌劇座でのゲネプロから Photo: M.Terashi/TokyoMDE)

■全国共同制作プロジェクト
モーツァルト/《フィガロの結婚》〜庭師は見た!〜 新演出
(全4幕(休憩1回)・字幕付 原語&一部日本語上演 上演時間:約3時間20分)

●スタッフ
指揮・総監督:井上道義
演出:野田秀樹
美術:堀尾幸男(HORIO工房)
衣裳:ひびのこづえ

●主なキャスト
アルマヴィーヴァ伯爵:ナターレ・デ・カロリス 
アルマヴィーヴァ伯爵夫人:テオドラ・ゲオルギュー 
スザ女(スザンナ):小林沙羅 
フィガ郎(フィガロ):大山大輔
ケルビーノ:マルテン・エンゲルチェズ 
マルチェ里奈(マルチェリーナ):森山京子
バルト郎(ドン・バルトロ):森雅史(前期)、妻屋秀和(後期)
走り男(バジリオ):牧川修一
狂っちゃ男(クルツィオ):三浦大喜
バルバ里奈(バルバリーナ):コロン・えりか
庭師アントニ男(アントニオ):廣川三憲

●管弦楽
オーケストラ・アンサンブル金沢(5/26,5/30,5/31)、兵庫芸術文化センター管弦楽団(6/6,6/7,6/10)、東京交響楽団(6/17)、読売日本交響楽団(10/24,10/25)、山形交響楽団(10/29,11/1)、九州交響楽団(11/8,11/14)

●声楽アンサンブル(新国立劇場合唱団より)

●演劇アンサンブル

●合唱
新国立劇場合唱団(6/6,6/7,6/10,6/17,10/24,10/25)、金沢フィガロ・クワイアー(5/26)ほか

●公演日程
〈春期〉
5/26(火) 金沢歌劇座
問 金沢芸術創造財団076-223-9898
5/30(土)、31(日) フェスティバルホール
問 医療法人友紘会072-621-9798(5/30)、フェスティバルホール06-6231-2221(5/31)
6/6(土)、7(日) 兵庫県立芸術文化センター
問 芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255
6/10(水) サンポートホール高松
問 サンポートホール高松087-825-5010
6/17(水) ミューザ川崎シンフォニーホール 
問 ミューザ川崎シンフォニーホール044-520-0200

〈秋期〉
10/24(土)、25(日) 東京芸術劇場コンサートホール 
問 東京芸術劇場ボックスオフィス0570-010-296 (発売中)
10/29(木) 山形テルサ 
問 山形テルサ023-646-6677 (6/13発売)
11/1(日) 名取市文化会館 
問 名取市文化会館022-384-8900 (6/13発売)
11/8(日) メディキット県民文化センター 
問 メディキット県民文化センター0985-28-3208 (6/13発売)
11/14(土) 熊本県立劇場 
問 熊本県立劇場096-363-2233 (7/18発売)

■NODA・MAP
https://www.nodamap.com
■井上道義オフィシャルサイト
http://www.michiyoshi-inoue.com

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