7つの個性、出揃う ~ピティナ「特級」セミファイナル、ファイナルまもなく

聴衆賞に参加して、ピアニストたちを応援しよう

 ピティナ・ピアノコンペティション特級(主催:全日本ピアノ指導者協会)が大詰めを迎えている。8月3日に三次予選が終了し、あとは8月16日のセミファイナル、19日のファイナルを残すのみ。いよいよ7名のコンテスタントに絞られた。

2020年サントリーホールでの特級ファイナル 尾城杏奈と岩村力(指揮)東京交響楽団 写真提供:全日本ピアノ指導者協会
2021特級日時・会場参加人数・課題曲
セミファイナル8/16(月)午前の部10:30/午後の部14:45 第一生命ホール7名/約1時間のリサイタル
ファイナル8/19(木)16:30 サントリーホール4名/協奏曲
8/19 共演:大井剛史(指揮)新日本フィルハーモニー交響楽団

7名のセミファイナリストたち

1.村上智則 2.今泉響平 3.進藤実優 4.原田莉奈 5.五条玲雄 6.福田優花 7.野村友里愛 (演奏順)

左より 村上 智則 今泉 響平 進藤 実優 原田 莉奈
左より 五条 玲緒 福田 優花 野村 友里愛

コンテスタントをもっとも間近で見てきた全日本ピアノ指導者協会の加藤哲礼さんが、7名の詳しいプロフィールを紹介してくれた。

今年もまた「特級」の夏が来た。三次予選までを経て8月16日のセミファイナル(ソロリサイタル)に進出した7人の若きピアニストたちを紹介しよう。

 今泉響平と進藤実優は、ともにモスクワ音楽院系列に学んだ個性的な魅力が際立つピアニスト。今泉響平は修士課程まで修了して3年前に完全帰国し、地元・福岡を中心に演奏と指導で活躍する29歳。今回は、奏法の試行としてオリジナルの非常に低い椅子を準備し、打撃的な発音や前のめりになりがちな性質をおさえ、徹底的に美しい音作りに集中した独自の新たな美学を模索しており、2次予選のスカルラッティなどで示した鮮烈な美しさが高く評価された。進藤実優は、7月に終わったショパン国際ピアノコンクールの予備予選を通過して10月の本大会進出が決まっている。2次予選では気迫のオール・ショパン・プログラムで濃厚な個性を示したが、セミやファイナルでもショパンを中心とした選曲でさらなる高みを目指す。中学を卒業してすぐに単身モスクワにわたり、慣れない土地で徹底的にロシアの音楽を学んだ。高い自立心が演奏の隅々にも行きわたっている。
 名門・東京藝術大学からは4名がセミファイナルに進出した。村上智則と五条玲緒が東誠三氏の門下の先輩後輩。大学院在籍の原田莉奈と、この春、院を修了した福田優花が坂井千春氏の同門である。
 村上智則は、三度目のセミファイナル、しかも去年に引き続きの登場となる。ノーブルでオーソドックスな音楽作りの中に、内に秘めた熱い情熱と見通しの良い音楽性が光る。五条玲緒のほうは、悲願のセミファイナル進出となる。直前の三次予選で二度足踏みしており、今回、はじめてセミファイナルに進んだ。清潔な響きでよく通るサウンドには、地中海のような明るさと透明感があり、溌溂とした表現が独特の魅力を放つ。ふたりに共通するのは抜群の耳の良さ。響きやすいホールでも混濁せずにすっきりとした音響が作られる。東誠三氏の音楽的な指導のもとに、それぞれの個性が開花しつつある。
 原田莉奈は、東京藝術大学大学院2年生。すでに東京音楽コンクール第2位などを受賞し、小林研一郎・鈴木優人ら一流の指揮者のもと、日フィルや東フィルなどとも共演経験を持つ。コクのある音と隅々まで行き届いた丁寧な音楽作りが持ち味で、誠実でごまかしのない音楽は、彼女の人柄そのままである。福田優花は、この春、同大学院を修了し、コロナ禍で遅れてはいるがフランスへの留学を見据えている。音楽の構成や成り立ちをよく理解した知的なアプローチと、確かな技術に裏付けられた骨太で安定感のある音楽の運びには、すでに成熟した演奏家の魅力が漂う。原田と福田は、実はピティナ・ピアノコンペティションのA2級(未就学児部門)で2002年に一緒になっている。当時、原田は奈良県から、福田は石川県から参加。その後、二人は京都市立京都堀川高校の音楽科で名教師・福井尚子の同門となる。東京芸大で門下は分かれたものの、フランス留学を目指す福田が学部時代の恩師・青柳晋の勧めもあって坂井千春氏の門下に入った。A2級から19年、今年、二人の歩みは特級セミファイナルで三度交わった。
 セミファイナルでも最後の演奏者となったのは、最年少、高校1年生の野村友里愛。インターナショナルスクールからN高に進学し、ショパンコンクール入賞の名ピアニスト・関本昌平氏に学ぶ。思い切りの良い音楽作りと力強い推進力を持ち、高い技巧で難曲もぐいぐいと弾きこなす力量がある。不安の中にも「新曲を譜読みするのが楽しみ」と頼もしさも見せてくれた。
 ファイナルの協奏曲は、五条・原田・福田がラフマニノフの第2番を選択。かなりの高確率で演奏されることになりそうだ。一方で、個性派の今泉はモーツァルトを、進藤はショパンの1番を提出している。チャイコフスキーの第1番を選択したのは、最年少の野村と、悲願のファイナルを目指す実力派の村上。いずれもピアノコンチェルトの魅力たっぷりの名曲が揃った。

 セミファイナル・ファイナルはいずれもライブ配信され、配信を見た聴衆が選ぶ「オンライン聴衆賞」も新設された。7人の「夏」をぜひ見届けていただきたい。

文:加藤哲礼(ピティナ育英・広報室長)

セミファイナリスト7名(結果発表後)  写真提供:全日本ピアノ指導者協会

ピティナ・ピアノコンペティション特級 2000年以降の歴代グランプリ
2020年度(第44回)尾城杏奈(神奈川県横浜市出身/東京藝術大学大学院修士1年)
2019年度(第43回)亀井聖矢(愛知県一宮市出身/桐朋学園大学1年)
2018年度(第42回)角野隼斗(千葉県八千代市出身/東京大学大学院1年)
2017年度(第41回)片山柊(北海道札幌市出身/東京音楽大学3年)
2016年度(第40回)尾崎未空(千葉県千葉市出身/昭和音楽大学3年)
2015年度(第39回)篠永紗也子(石川県金沢市出身/東京音楽大学4年)
2014年度(第38回)山崎亮汰(福島県郡山市出身/福島県立安積黎明高校1年)
2013年度(第37回)浦山瑠衣(北海道旭川市出身/ボストン音楽院修士課程)
2012年度(第36回)菅原望(宮城県仙台市出身/東京藝術大学)
2011年度(第35回)阪田知樹(神奈川県横浜市出身/東京藝術大学)
2010年度(第34回)梅村知世(岡山県倉敷市出身/東京藝術大学)
2009年度(第33回)仲田みずほ(静岡県出身)
2008年度(第32回)佐藤圭奈(埼玉県出身)
2007年度(第31回)尾崎有飛(千葉県出身)
2006年度(第30回)前山仁美(神奈川県出身)
2005年度(第29回)金子一朗(東京都出身)
2004年度(第28回)後藤正孝(愛知県出身)
2003年度(第27回)関本昌平(大阪府出身)
2002年度(第26回)田村響(愛知県出身)
2001年度(第25回)佐藤展子(埼玉県出身)
2000年度(第24回)佐多真由子(神奈川県出身)

「オンライン聴衆賞」創設 〜コンクールの新たな楽しみ方〜

 ホールの集客が制限された2020年の大会では、ライブ配信はのべ34万回の再生回数を記録した。今年も予選の配信再生回数が13万回を超えているという。昨今、コンクールの模様がライブ配信されること自体は珍しくはないが、今年、特級では新たな試みとして「オンライン聴衆賞」が創設された。2002年からすでに実施されていた、会場来場者の投票によって順位が決まる「聴衆賞」に加え、インターネットを通じて鑑賞している人たちも一票を投じることが可能になる。なお、現在、オンライン聴衆賞賞金の財源確保のため、クラウドファンディングを通じて協力を募っている(8/19まで)。視聴者層を拡げ、若いピアニストたちを支援する取組みのひとつとして注目される。

Column 人生を賭けたステージが胸を熱くする

 コンクールは、なぜこんなにも私たちの心を惹きつけるのだろう? 先日終わったばかりのショパンコンクールの予備予選では、まだ本大会への出場者を決める段階だというのに、YouTubeでの配信で流れてくるライブチャットは異様な盛り上がりを見せ、さまざまな言語でコメントが書き込まれていた。

2018年グランプリ 角野隼斗 ファイナルのステージ

 星の数ほどいる若きピアニストたちにとって、自らを一気にキャリアアップする最も効果的な方法は、著名なコンクールで上位に入賞することだ。権威ある登竜門で優勝すれば、翌年の出演料は何十倍にもなる。それは、アスリートがオリンピックでメダルを獲るのと獲らないのでは大違い・・というのと、少し似ているかもしれない。芸術に順位をつけることに議論はあるにしても、その結果が人生を左右するからこそ、実力を備えた若者たちは真剣勝負を繰り広げ、独特の緊張感漂う熱き闘いの場となるのだ。しかもそのチャンスは、多くの場合オリンピックと同じく数年に一度しか巡ってこない。