text:藤本史昭
ジャズについての文章を書く仕事をしていると、「最初はどんなアルバムを聴いたらいいですか?」と尋ねられることがしばしばありますが、実はこれ、なかなか難問なんです。
もちろんビル・エヴァンスの『ワルツ・フォー・デビー』とかオスカー・ピーターソンの『プリーズ・リクエスト』みたいな大名盤をつらつら挙げるのは簡単ですよ。でもそれが、その人にとって本当に聴きたいアルバムであるかというと、これはちょっと疑問なわけで。たとえば、それまでギンギンのロックを聴いてきた人にはそういうアルバムは退屈かもしれないし、ポップス・ファンの人は「歌がないとピンとこない」と感じるかもしれない。
ではクラシック・ファンはどうか。
たしかにエヴァンスもピーターソンも、いわゆる1つのブルージーでアーシーな“どジャズ”よりは、すんなり受け入れられるかもしれません。でもどうせ「クラシック・ファンのためのジャズ入門」と謳うのなら、もう少しクラシックに引っかかるような作品やアーティストをこの連載では紹介していきたい…かように思うわけであります。
しかし、クラシックに引っかかるジャズって具体的にはどんなものなのか。
① クラシックの曲をジャズ・アレンジで演っている。
② ジャズ・ミュージシャンがガチでクラシックの曲を演奏している。
③ クラシックとジャズの境界を超えた新しい音楽を創造している。
だいたいこの3つでしょうか。
①はもっとも多いパターン。1930年代から現在に至るまで、この手法を使ったジャズは数限りなくあるし、この連載でも頻繁に紹介していくことになると思います。
②については、どう取り上げるかがけっこう悩ましい。というのも、これは基本的にはクラシック──つまり楽譜に忠実であらねばならぬ音楽で、そこにはクラシック的な価値観がどうしても絡んでくるからです。でも一方で、クラシック的には問題ありだけど、ジャズ・ミュージシャンがやったからこその面白さがある、といった場合もあるので、話の流れ如何ではそういうものにも触れていくかもしれません。
で、③ですが、個人的に今一番興味のあるのがこれ。具体的には、クラシックの曲を取り上げたり、クラシックのアーティストとコラボしたりと、表面上は①や②とおなじようにも見えますが、こちらのほうが関わり方がもっと深くて過激で越境性が高い。現代の音楽シーンは、かつてないほどジャンルのボーダーレス化、等価化が進んでいますが、③の動きはまさにそれを具現化したものだと思うのです。
この連載は、そんな動きの象徴的存在ともいえるピアニスト、ブラッド・メルドーの話からはじめたいと思います。
おそらくブラッド・メルドーは、クラシック・ファンの方にも比較的馴染みがある名前ではないでしょうか。なにしろこの人は、ルネ・フレミングやアンネ・ゾフィー・フォン・オッターとコラボ作を作ったり、バッハを題材にしたアルバムを発表したり、今年に入ってからはイアン・ボストリッジと組んでツアーするなど、ジャズ・ミュージシャンの片手間仕事とはとても思えないクラシックへのコミットを精力的におこなっているのですから。
しかしながら、メルドーのそういう行き方は、これまでクラシックと関わりが深いと思われてきたジャズマン、たとえばキース・ジャレットなどのそれとは、なにかが、しかし決定的に違う気がするのです。
その違いとはなにか。次回はそれについて考えてみたいと思います。
[紹介アルバム]
ワルツ・フォー・デビー/ビル・エヴァンス
3人のメンバー(エヴァンス、スコット・ラファロ、ポール・モチアン)が即興的に反応し合いながら音楽を作っていくという斬新な手法(インタープレイ)を用いているにもかかわらず、それが実験臭くも難解にもならず、逆に誰もが楽しめる平易さを備えているところはほとんど奇跡的。ジャズ入門の大定番。
プリーズ・リクエスト/オスカー・ピーターソン
“ザ・トリオ”と称されたピーターソン、レイ・ブラウン、エド・シグペンが繰り広げる名人芸的ジャズ。一見小品集だが、それぞれの演奏には超絶技巧、阿吽の呼吸、一分の隙もない完成度等々聴きどころがギッシリと詰まっている。あまりコテコテだときついけど、でもピアノ・トリオらしいピアノ・トリオを聴きたいという方へ。