若くしてスケールの大きな音楽家である。身長190cmちょっと(本人談)という体格にも目を見張るが、もちろん大きいのは音楽。コンサートなどで彼の演奏に接すると、メロディの歌い方も重音の響きも雄大な雰囲気を感じさせ、ついつい「大河のような」という形容を使いたくなってしまうのだ。こういった音楽がどこから生まれ、どのように育ってきたのかを探れるのは非常に興味深い。オーパス・ワンというレーベル(日本コロムビア)からCDデビューも果たしたチェリスト、笹沼樹の人物像に迫る。
interview & text:オヤマダアツシ
photos:藤本史昭
──チェロを始めたきっかけからうかがいましょう。
学習院の初等科に通っていたときオーケストラ部の演奏を聴き、そこでチェロにひと目ぼれでした。レッスンを受けながら最初に加入したジュニア・オーケストラの音楽監督がマロ先生(篠崎史紀)で、その後に加入したのが佐渡裕さんのスーパーキッズ・オーケストラ。本格的なレッスンはヴァーツラフ・アダミーラ先生というチェコの方に師事したのが最初で、その後が古川展生先生、そして堤剛先生ですから、とにかくそういった方たちのエッセンスをすべて吸収してきて今がある、という感じです。現在、自分の活動は『ソロのチェリスト、弦楽四重奏(カルテット・アマービレ)、オーケストラ(NHK交響楽団のアカデミー生)』という三本柱ですけれど、それらがバランスよく、しかも互いにうまく影響をしあいながら過ごせています。出会った先生方の影響が大きいですし、三本柱が一体となってこのまま発展していくことが、理想的な自分のあり方だなと思っているんです。
──コンサートなどを聴いて、演奏に衝撃を受けたという経験はありますか。
チェロを始めて間もない9〜10歳の頃、サイトウ・キネン・オーケストラのコンサートで、ロストロポーヴィチの演奏を聴いたときのことは忘れられませんね。サン=サーンスのコンチェルトを弾きましたが、「ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ?……名前、長っ!」って思ったくらい全然知らなくて、なんだろうこの人は、と鮮烈な印象を受けました。チェリストという一人の演奏家として音楽を伝える、ということの意味に初めて気づいた日だったかもしれません。それからほどなくしてお亡くなりになってしまったので(注:2007年に逝去)、マスタークラスも受けられず、残念でしたけれど。
──キャリアを積み重ねていく中で、コンクールもたくさん受けていますが、忘れられない経験はありましたか。
個人としてではなく、2016年にカルテット・アマービレとして受けたARDミュンヘン国際コンクールのときは、それまでのコンクール観が大きく変わりました。聴衆が世界各地から集まってくるコンクールで、お気に入りの奏者を見つけると追いかけるという人も多かったみたいですし、演奏が終わると良いことも悪いことも、ストレートにいろいろ言われるんです。審査員じゃなくお客さんからですよ。コンクールって演奏を審査されて結果が出て、というプロセスにおいては、演奏者が受け身になってしまうことも多いですけれど、ミュンヘンはお客さんとの関係性を考えさせられたという点で素晴らしい経験ができました。演奏家としてコンサートをするために、不可欠なことですけれどね。
──海外への長期留学は、まだないのでしたっけ?
そうです。いろいろな街に行く機会は多いのですが、いま気に入っているのはニューヨークですね。僕はせっかちなので、東京のようなあの街のスピード感が心地いいですし、東京より少しだけアグレッシヴに感じられるのもいい。海外へ行くと、絶対に日本人には見られないんですけれど。
──え? どこの国の人に見られるんですか。
韓国の人だと思われることが多いかな。あ、でも国外に限らず、青山のレストランでも空港を行き来するリムジンバスの中でも、まず英語で話しかけられますね。ロサンゼルスの空港では係員に「スティーブン・セガールに似ているな。俺、小学校の頃から彼の友達なんだ」なんて話しかけられたこともありました。そういえばシャネルの「ピグマリオン・デイズ」というコンサートに紹介してくださった大山平一郎先生とも、最初にお目にかかったのはロスへ行く機内だったんです。お互いにまだ知らなかったので最初は英語で会話をしていたのですが、そのうち『あれ? 君は日本人?』って。体格のせいもあってそう見られるのかもしれませんが、自分でもいまだに理由がわかりません。
Part2に続く
Profile
笹沼 樹(Sasanuma Tatsuki)
ARDミュンヘン国際コンクール弦楽四重奏部門第3位。ソロでは東京音楽コンクール第2位、日本音楽コンクール入選。室内楽奏者としても横浜国際、ルーマニア国際、ザルツブルク=モーツァルト国際などのコンクールで優勝。
桐朋女子高等学校音楽科を首席卒業後、桐朋学園大学ソリストディプロマコース修了、並びに学習院大学文学部卒業。現在、桐朋学園大学大学院に在籍中。2017年6月に開催したリサイタルは天皇皇后両陛下をお迎えしての天覧公演となった。V.アダミーラ、古川展生、堤剛の各氏に師事。カルテット・アマービレ、ラ・ルーチェ弦楽八重奏団のメンバー。
笹沼 樹 公式ウェブサイト
https://www.sasanumatatsuki.com/
日本コロムビア Opus One
https://columbia.jp/opusone/
CD『【Opus One】親愛の言葉』
日本コロムビア
COCQ-85447 ¥2000+税