曽根麻矢子(チェンバロ)

“生きている実感”を味わいながらバッハと向き合う5年間

C)Noriyuki Kamio

 2021年3月、人気チェンバリストの曽根麻矢子が全10回、半年に一度のペースで5年にわたり、バッハの主要な鍵盤作品を網羅する壮大な演奏会シリーズに着手する。コロナ禍を受けて、当初の予定より半年遅れのスタートとなるが、「じっくりと取り組む時間ができた。これは『バッハに集中しなさい』という天の啓示ですね」と、いたって本人は前向き。「5年という時間での“変化”を皆さんと共有できたら…」と意気込んでいる。

 チェンバロとは「自分自身」、音楽は「生きる喜び、生きる希望」という曽根。そんな演奏家にとって、バッハとは。
「いくら追いかけても逃げていく、遠い存在ですね。でも、実は彼も人間なのです。いろいろな経験を重ねていく中で、そんな“人間臭さ”が、少しずつ感じられるように…。追いかけることにやり甲斐がある。本当に、彼こそが私にとっての夢なんです」

 シリーズでは、「平均律クラヴィーア曲集」全2巻をはじめ、「フランス組曲」「イタリア協奏曲」「インベンションとシンフォニア」など、ステージごとにバランスよく配した。幕開けと締め括りには同じ「ゴルトベルク変奏曲」を置き、アリアに始まり、アリアに終わる同曲をトリビュート。実は、1992年の国内デビュー時にもリサイタルで披露するなど、彼女の節目ごとにこの曲があった。

「ひとつのステージで演目が1曲だけって、本当に特別。その宇宙観を前にすると、ペース配分や集中力の面で、他の曲とは比べ物にならないものがある。結局、これまで私が弾いたバッハの作品中では一番、演奏回数が多いはずですが…大変なので、自分から弾くことは絶対にないし(笑)、訓練や練習の仕方は、この曲ならではですね」

 半年に一度というペースについて「経験上、特にバッハはこれ以上、詰めてやることはできない」と断言。
「たとえ過去に録音を経験した曲であっても、いざ弾こうとなると満足にはいかない。でも、それはきっと、新しい感覚で取り組む好機。楽譜にメモしてあった以前の指遣いともまったく違ってくることもあって、昔は見えなかったものが見えてきた気になります」

 このシリーズでは、現代の名工デヴィッド・レイが曽根のために製作した18世紀フレンチ・スタイルの楽器を使用。曽根の師である故スコット・ロスも愛用し、彼女のデビューのきっかけともなった製作家だ。ジャーマン・スタイルの楽器を選択する奏者も多いが、「自分に相性がいいのはフレンチ。しかもこの楽器の音には芯があって、特定の声部の強調も完璧にできる。私の感じていることが、聴く人にもきっと伝わるはず」と話す。

 9月にパリ在住の恩人の訃報を聞いた際、その瞬間から自身の演奏ががらりと変わったことに驚愕したという曽根。「作品自体は変わらない。でも、演奏家は生きて、変わっていく。それが、生きている実感」と前置いて「この5年間に自分に何が起き、何を吸収したのか。シリーズには必ず反映されていくはず。楽器の音自体も変わっていくでしょう。皆さんと一緒に、そんな“変化”を楽しんでいけたらと思っています」と語った。
取材・文:寺西 肇
(ぶらあぼ2021年1月号より)

曽根麻矢子 J.S.バッハ連続演奏会《BWV》Ⅰ
バッハ:ゴルトベルク変奏曲
2021.3/4(木)19:00 Hakuju Hall
問:チケットスペース03-3234-9999 
https://mayakosone.com