「音楽を安心して演奏&鑑賞できる環境」探る、クリーンルームの飛沫測定

クラシック音楽公演運営推進協議会と日本管打・吹奏楽学会が長野県で

 日本の音楽界もオーケストラを皮切りに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に注意をはらいながらの演奏活動を開始した。舞台上の奏者の配置や客席の間隔など「社会的距離の設定(ソーシャル・ディスタンシング)」の部分では、まだ手探りの状態で主催者ごとに対応が異なる。日本クラシック音楽事業協会、日本オーケストラ連盟、日本演奏連盟で構成する「クラシック音楽公演運営推進協議会」と「一般社団法人日本管打・吹奏楽学会」は7月11から13日にかけて、長野県茅野市の新日本空調技術開発研究所のクリーンルームで「コロナ下の音楽文化を前に進めるプロジェクト」の実験を主催し、プロのオーケストラ奏者、聴衆それぞれから放たれる飛沫などの厳密なデータ測定・収集を行った。


 プロジェクトチームは主催者のほか、自身が長年の音楽ファンで各オーケストラやホール、文化庁などに感染症対策の助言を行なってきた林淑朗・亀田総合病院集中治療科部長や感染症専門医、看護師らの医療従事者、作業環境計測学が専門の宮内博幸・産業医科大学教授らの専門家とヤマハミュージックジャパン、日本放送協会(NHK)、NHK交響楽団、東京佼成ウインドオーケストラ、名古屋フィルハーモニー交響楽団、新国立劇場合唱団、東京混声合唱団で構成。N響、佼成ウインド、名古屋フィルの楽員(1楽器あたり3名)やN響スタッフらがクリーンルームに入り、測定に参加した。結果は産業医科大で解析、8月に改めて実施する声楽家のデータ収集・解析と併せ、8月中の発表を目指すほか、NHKが番組を制作する。

 実験の背景には「2つの疑問」があった。
1)クラシック音楽の演奏を聴く人の周囲で、前後左右隣接する席の位置と、前後左右1席離れた席の位置で、飛沫等の測定量に差はあるか?
2)楽器演奏者の周囲で、従来の距離で前後左右に隣接する奏者の位置と、ソーシャル・ディスタンシングをとった奏者の位置で、飛沫等の測定量に差はあるか?

 特に後者ではベルリンのシャリテ医科大学をはじめとするドイツのデータが先行、極端な距離設定でアンサンブルの緊密さを損ねる恐れも指摘されていた。国内でも6月に東京都交響楽団が東京文化会館大ホールで今回と同じ測定装置(パーティクルカウンター=粒子計測器)を使い、飛沫測定を行なったが「舞台上では衣服からあがるホコリをはじめ、飛沫とは異なる粒子の区別がつかず厳密な解析ができない」(林医師)との判断から、クリーンルームでの実験を企画した。

提供:クラシック音楽公演運営推進協議会

提供:クラシック音楽公演運営推進協議会

 ルーム内には9台のパーティクルカウンターを「従来の間隔」「ソーシャル・ディスタンシング」などの違いに沿って配置、同一人物が最低3回、同一条件の発声や発音を繰り返し、データと映像を蓄積していく。楽器ごとの飛沫の量と傾向、防護装置の効果、個人差などにも細かく配慮した。ウィンドブレーカーにシャワーキャップ、シューズカバーを着けての演奏はきついが、N響の首席奏者たちは「1日も早く自然な間隔と編成で定期演奏会を再開したい」との思いで結束、献身的に協力する。トップバッターを務めたサクソフォンの第一人者、須川展也は「プロからアマチュアまで、全国の吹奏楽団体が感染を怖がり、合奏ができずに困っています。しっかりした科学的データの裏づけとともに活動を再開できればとの願いをこめて、参加を快諾しました」と語る。

 林医師も「このまま全国のブラスバンド、部活動が停止したままだと、将来の管楽器界全体の水準に禍根を残します」と指摘。「今の社会で音楽の優先順位が必ずしも高くない中、音楽を愛する専門家たちがボランティアで集まり、年単位の取り組みを続けるつもりです。安易な『安全宣言』を目標とはせず、現時点のリスクの存在をできるだけ正しく把握し、最終的には演奏家や聴衆の価値観に委ねるのが妥当だと考えています」と述べた。
取材・文・写真:池田卓夫

一般社団法人日本クラシック音楽事業協会
https://www.classic.or.jp/2020/06/blog-post_22.html