ピアノ・ソナタ全曲演奏を通してモーツァルトの人生と音楽の変遷を辿りたい
稲岡千架のピアノは、朗らかで気品あふれるモーツァルトの世界へと瞬時にいざなってくれる。3年前にCD『ロンド ソナタ』をリリース後、稲岡はモーツァルトのソナタ全集に取り組むことを決意した。第2・3弾となる『バリエーション ソナタ』(第11番K.331「トルコ行進曲付き」、第6番K.284「デュルニツ」ほか)、『ファンタジー ソナタ』(幻想曲K.475&第14番ソナタK.457ほか)を5月27日に同時リリースし、その記念リサイタルを行う(中止)。
「収録は録音会場のメッカとして知られ、シフやブレンデルが選定したピアノもあるバイエルン州ノイマルクトにある名ホール、ライツターデルで行いました。『いつかここでレコーディングしたい』と夢物語のように話していたのですが、急遽2018年2月に訪問が決まり、試弾してみてやはり『ここだ!』と。石の床や壁、木製の客席、古く分厚い窓ガラス、和紙のような柔らかな素材に包まれた照明…それらが奇跡的に生み出す響きは、モーツァルトにマッチすると確信したのです。
そして昨年9月、ベヒシュタイン社協力のもと、D-282モデルを持ち込んでの録音が実現しました。ライツターデルにて、ベヒシュタインでのレコーディングは世界初の試みです。低・中・高音域の特性がクリアに響くこの楽器に『ヤング』という古典調律を施し、豊かな倍音と、“うなり”の発生によるかすかな不協和的な響きが、音楽に感情的な彩りを与えてくれました」
モーツァルトの「綺麗な部分だけの表現に留まりたくない」と語る稲岡。熱心なアプローチはマンハイム留学時代に遡る。
「日本の音大で『君のモーツァルトはつまらない』と言われて以来、モーツァルトを弾くのが怖くなっていました。ところが、スコダの弟子にあたるマンハイムの恩師ルドルフ・マイスター先生は『君の音質はモーツァルトに合う』とおっしゃり、ロジックに基づくレッスンをしてくださった。留学2年目、病後の復帰で挑んだコンクールにおいて優勝できたのをきっかけに、本格的にモーツァルトに取り組みました」
05年4月に帰国。現代作曲家を含むアンサンブル団体の創設、協奏曲の委嘱初演、ドキュメンタリー映画の音楽で科学技術映像祭文部科学大臣賞を受賞するなど、古典から現代まで幅広いジャンルでキャリアを形成してきた稲岡。多様な経験が今、モーツァルト全集に収斂していく感覚を覚えるという。
「モーツァルトのシンプルな響きの中にこそ見出せるものを見ていきたい。少ない音から響きを作り、響きの中から作品世界を作り上げていく。今後は全ソナタを通じて、彼の人生、そして音楽的変遷を捉えていきたい」
コンサートでは、トルコ行進曲付きのソナタや幻想曲ハ短調K.475のほか、次回作で録音予定の第1番ハ長調K.279や第17番変ロ長調K.570も披露される。新譜と実演、どちらも楽しみだ。
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ2020年5月号より)
*新型コロナウィルス感染症の感染拡大を考慮し、本公演は中止となりました。
詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。
2020.5/27(水)19:00 杉並公会堂(小)
問:ムジカキアラ03-6431-8186
https://www.musicachiara.com
CD「バリエーション ソナタ」
OMF
KCD-2078 ¥2545+税
CD「ファンタジー ソナタ」
OMF
KCD-2079 ¥2545+税
2020.5/27(水)発売