井上道義(指揮)

2020年2月、井上道義は21年ぶりに神奈川フィル定期を指揮する!

C)高木ゆりこ
 目下絶好調の指揮者、井上道義が2月8日、神奈川フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会みなとみらいシリーズ第356回を指揮する。長い共演関係にありながら、定期登場は1998年以来21年ぶりという。ビゼー作曲&シチェドリン編曲の《カルメン》組曲、ショスタコーヴィチの交響曲第14番「死者の歌」とシンプルながら、演奏難易度の高いロシア音楽プログラムである。

 神奈川フィルとは横浜・紅葉坂の神奈川県立音楽堂で2001〜10年の10年間に年1回ずつ、「井上道義の上り坂コンサート」シリーズを続け、縁が浅いわけではない。「古いホールに若いころ足を運んだ人たちがやっとのことで坂を上ってきて音楽を聴き、良い思い出を胸に下ってほしいと願った」企画だった。「このシリーズは、オーケストラだけの勝負にはしたくない」と考え、ゲストや曲目のストーリー性に重点を置いたという。

 当時の井上は、神奈川フィルに限らず日本の「地方オーケストラ」全般に対し、やや否定的な感触を抱いていた。「状況が大きく変わった」と、認識を新たにした最初は07年。ショスタコーヴィチの日本初演が数多く行われた“聖地”、東京・日比谷公会堂で内外複数のオーケストラを総動員して日本人指揮者初の交響曲全曲演奏に挑み、第14番「死者の歌」に広島交響楽団を起用したときだ。「すごく良い結果が出た」。以後、札幌交響楽団、九州交響楽団、山形交響楽団、オーケストラ・アンサンブル金沢など各地の楽団が軒並み力をつけるのを目の当たりにして「毎日“黒板”を書き換えて次の“授業”を忙しくこなす東京のオーケストラより、地に足のついた活動を展開している」と実感するようになった。神奈川フィルに対しても「明らかに(本物の)上り坂にあり、僕の放つエモーションをがっちり受け止め、表現してくれるはずだ」と期待する。

 2月定期の2曲は、ともに管楽器を用いず、打楽器と弦楽器のみという特殊な編成で書かれている。井上のショスタコーヴィチへの傾倒はつとに有名だが、「僕は『管弦楽のための協奏曲第1番《お茶目なチャストゥーシュカ》』の日本初演などシチェドリンも、けっこう手がけているんだよ」と明かす。「《カルメン》組曲は夫人の世界的ダンサー、マイヤ・プリセツカヤのために作曲した。僕はオーストラリアで70歳くらいのプリセツカヤが踊る『瀕死の白鳥』を観たけど、本当に素晴らしくて、坂東玉三郎に通じる世界だった」と、背景のイメージを語る。
「カルメンだって最後は刺されて死ぬのだけど、そこに至るまでの音楽自体は楽しい。これに対しショスタコーヴィチは、聴く人の心にグサリと突き刺さる音楽で、演奏も非常に難しい」
 とりわけ独唱者の選択は「ものすごく大事」であり、テオドール・クルレンツィスがムジカエテルナとの演奏会で独唱に起用し、目下の「お気に入り」というザリーナ・アバーエワ(ソプラノ)、エフゲニー・スタヴィンスキー(バス)の名歌手2人をロシアから招く。

 井上の長年のショスタコーヴィチ、さらにロシア音楽への貢献に対し、ロシア文化省は19年に「ブラヴォー・アワード」を贈呈した。
 「僕は飽きっぽい性格だし、振るのがすごく大変で腕も痛くなるから、もうショスタコーヴィチはいいかな…」と言いつつ「本当に日本中、ここまでショスタコーヴィチが演奏されるようになるとは!」と感慨深く語る裏には、普及の先頭に立ってきた自負があるのだろう。「ショスタコーヴィチの音楽は色々な要素を内包している。どういう音を出して、何を感じてもらうかに、もの凄く頭も使うけど、結局は楽しくないとダメだね」と、最後に自身の立ち位置を明確にした。
取材・文:池田卓夫
(ぶらあぼ2020年2月号より)

神奈川フィルハーモニー管弦楽団 定期演奏会 みなとみらいシリーズ 第356回
2020.2/8(土)14:00 横浜みなとみらいホール
問:神奈川フィル・チケットサービス045-226-5107 
https://www.kanaphil.or.jp