“好対照デュオ”が挑む「第九」
デュオにはさまざまなタイプがあるが、中井恒仁&武田美和子ピアノデュオの場合は、異なる個性が一体化する“好対照デュオ”なのだろう。
「双子や兄弟などそっくりな2人が演奏するデュオもありますが、私たちの場合は体格も音の特徴も違います。性格の異なる相手のピアノを信頼し、流れを予想しながら一つの音楽を創る。違いがあって響きのバリエーションが増すからこそおもしろい演奏ができると信じて、いろいろな作品に取り組んでいます」
穏やかで実直そうな中井がそう語ると、一方の明るく快活な空気をまとう武田が続ける。
「見ての通り彼は堅実にコツコツ練習するタイプなのですが(笑)、私はスイッチが入るまでけっこう時間がかかるほう。練習のペースも全然違うのです。でも夫婦なので合わせや音楽の話をいつでもでき、じっくり熟成させられますね。それも長く続けてこられた理由かもしれません」
東京芸大の同門として知り合い、その後の留学中、マレー・ドラノフ国際2台ピアノコンクール参加をきっかけにデュオを組んだ。各々のソロの傍らで活動を続け、14年目を迎える。
今回の演奏会では、かねてから録音を望み、それを実現させたばかりのシューベルト「ファンタジー」(連弾/ニュー・アルバムにも収録)、また、あまりに大きな作品で、ステージで弾く決心に時間がかかったというベートーヴェンの「第九」(リストによる2台ピアノ版)を取り上げる。
「『ファンタジー』には、シューベルトが神から最後の力を与えられ、人生のすべてを振り絞って書いたかのような凄みがあります。多くの人が深い悲しみを感じるのではないでしょうか。彼の感情や人生観が湧き上がる作品です」(中井)
「絶望や悲しみに溢れた音楽でも、聴くうちに光が見えるような演奏を目指したいです。演奏会が、聴く人に少しでも力を与えられるものにしたいといつも願っているのです」(武田)
想いが強いだけに、演奏には大変なパワーが必要だという。そして続く「第九」も、作曲家の最晩年に書かれ強いメッセージを持つ。
「オーケストラと合唱のある壮大な世界を、2台ピアノで表現することはできるのだろうかと思っていました。ですが今、私たちの音楽でこのベートーヴェンの精神性を伝えたいという気持ちが強くなりました。希望の歩みを表すような“歓喜の音”を奏でたいです」(中井)
お互いのピアノの好きなところを尋ねると、「華やかで喜ばしい音楽、純粋な美しさがあるところ」(中井)、「スケールの大きさ。客観性、誠実さの上に大胆な部分を持っているところ」(武田)という答え。通じ合い、違いを尊重しあう2人によって、完璧な一つの音楽が生まれる。
取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ2013年11月号から)
★11月14日(木)・浜離宮朝日ホール
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