【特別公開】フィリップ・マヌリ(作曲) ロング・インタビュー

「ぶらあぼ」5/18発行6月号のClose Up interviewに掲載されたインタビューには収まりきれなかったフル・バージョンをWEBのみで特別公開します。


温故知新が未知の世界を生む

 テクノ、エレクトロニカ、ノイズミュージックなど…コンピューターのプログラミングを介して音楽制作をするミュージシャンたちを支える「Max」というソフトウェアをご存知だろうか。リアルタイムで音楽を生成したり、映像と音楽を高度に同期させたりする際に活用されているもので、なかでもメディア・アーティストにとって関わりの深いソフトである。

 何度もバージョンアップを繰り返しながら発展を重ねてきたこのソフトの開発に、当初深く関わっていたのが、今年6月に武満徹作曲賞の審査員として来日する現代フランスを代表する作曲家フィリップ・マヌリだ。

「そもそもMaxというのは、私の作品『プルトン』のためにミラー・パケット(Maxの開発者)と協力して開発したシステムなんです。あの当時は、このソフトウェアがここまで独り歩きしていくとは全く考えていなくて、自分でも驚いています。ただ、『Max』はもう古いんです。いま、私は『Max』に上書きしていく形でつくられた『Antescofo』という別のシステムを使っています」

 先駆者であると同時に、フロントランナーとして今も第一線で活躍するこの巨匠は、新しいチャレンジを続けている。

「ぜひこれは宣伝も兼ねてお願いしたいんですけれど(笑)。パリの劇場『ラ・スカラ』(https://lascala-paris.com/)がリニューアルされました。その2階にあるレストラン&バーで2018年9月から1年間にわたって流れる電子音楽を生成するプログラムを構築したんです。丸一日24時間、コンピューターが即興的にリアルタイムで音楽を展開させていく…つまり私がその都度介入しなくても勝手にプログラムが曲を作り、それが1年間ずっと流れているのです」

 人工知能(AI)のようなものかと思われるかもしれないが、さにあらず。

「無関係とは言いませんが、大きく違います。作曲をするという行為は、常に何かを決断していかなければならないわけです。しかし自分がその場で四六時中、曲を書いていくわけにはいかないので、その代りをコンピューターが担うのです。最初は、プロセスや法則性をプログラムし、曲として展開しうるものを事前に作っておかなければならない。ところが一旦動き出したら、もう自分が何かを決めるということは一切しない。自動的に曲が展開していくのです。おそらく音楽を耳にするお客さんは、何かがそこで作曲されているとは思わないでしょう。そういうちょっとした実験なんです」

 とはいえ、意外かもしれないが、マヌリにとって生演奏を含まない作品はイレギュラーなもの。エレクトロニクスは、生演奏の楽器と相乗効果をもたらすかたちで使うのがモットーなのだという。そういう意味でも、フランスの作曲家が大事にしてきたエクリチュール(書法)を追求する姿勢は、マヌリにも確実に受け継がれている。実際、彼は今でも謙虚に過去の音楽と向き合うことで、自身の創作の糧としているのだ。

「私は、昔からポリフォニー(多声音楽)に魅せられてきました。電子音楽を書くときも、そうでない作品を書くときも同じです。ひとつの声だけではなくて、複数の声というものがお互いに影響しあいながら何か新しいものを生み出していく…ポリフォニーのこういう部分に魅せられてきましたし、自分の作品に欠かせないものです。古典派やロマン派の音楽から、そうした部分を学び続けているのです」

 とりわけ重要視するのが、アナリーゼ(分析)である。

「既に知っているような作品でも繰り返し楽曲分析をやり直すことで、学ぶことが多くあるのです。1970年代に主に勉強していたのは同時代の作品でしたが、歳とともにどんどん視野が広がっていって、古典派やロマン派の作品を積極的に分析するようになりました。ここ数年はワーグナーを集中的にみてきましたが、今はドビュッシーにはまっています。もちろん、彼らのスタイルで曲を書こうというのではありません(笑)。こうした音楽のなかには、自分にも取り入れることができる普遍的なものが必ずあるのです。若い頃というのは、どうしても極端な方向に走りがちですよね。でも今は極端なことをやればいいという、そういう時代ではなくなってきたのではないかと思います」

 こうした成果が直接的に活かされているのが、ドビュッシーが若い頃に残したものの、消失していた管弦楽組曲第1番の3曲目「夢」(有名なピアノ作品とは別の楽曲)のスコアである。

「この曲は、まだドビュッシーが“ドビュッシーになりきれていない”時期の作品なのです。シャブリエの影響がはっきりと残っており、後の軽やかさがまだありません。さらによく聴くと《パルジファル》風のところが出てきたり、その一方で『海』に表れるような彼独自の個性も聴き取れます。ドビュッシーはこの時まだ20代前半なので勿論、そのあと自分の音楽がどう変わっていくのか分かっていなかったわけですが、私はその後も全部を知っています。だからドビュッシーの生涯が分かるように、初期のワーグナー風の重厚なロマン派的な部分と、後にドビュッシーが独奏楽器を引き立たせて色彩豊かで透明感のある部分をうまく掛け合わせたオーケストレーションを施しました」

 マヌリの職人としての腕が光るこの一品は、東京オペラシティで開催される6月13日の「フィリップ・マヌリの音楽」において演奏される。さらにこの個展のために東京オペラシティ文化財団は『サッカード』というフルート協奏曲を共同委嘱。演奏会の目玉として日本初演される。

「この協奏曲は小さなお芝居を想像しながら書きましたが、具体的な物語はありません。独奏が個人で、共同体である管弦楽が対峙。両者の対立があったり、呑み込まれそうになったり、あるいは距離を置いたり…。色んな関連性を音楽として表現しています。最後のフルートソロは、キューブリックの映画『ロリータ』でピーター・セラーズが社会に呑み込まれそうになり、抵抗するかのように早口になって、最終的には何を言っているのか分からなくなる…そんな状態にフルートもなっていきます」

 こうした見立てを取り入れた作曲法自体は、決して珍しいものでないどころか、古くからありふれたアイディアなのだが、マヌリの手にかかると手垢にまみれた音楽には一切ならないのが見事である。

「京都に滞在した折、大阪へ文楽を観に行って大きな衝撃を受けました。思いもよらない手法で、物語を音楽により表現していたからです。でも、それをオペラだけじゃなく、協奏曲というジャンルに置き換えてみたりするのです。そうした読み直しをすることで、新しい作品につながっていくのです」

 個展のメインプログラムを飾るのは、2016年に改訂された40分超えの大作「響きと怒り」だ。

「私自身にとってこの曲は重要な作品のひとつです。それまで電子音響を使って試行錯誤してきたことを、本作を通じて電子音響を使わずにまとめられたのですから。私が大事にしてきた“ポリフォニー”は、空間性というのが非常に大事な要素。一緒になっていると聴こえないものでも、楽器の配置を工夫することで認知できるようになりますからね。だから、この曲では2群に分かれたオーケストラを音源として使い、空間というものをフルに活用しているのです」

 そして「響きと怒り(Sound and Fury)」というタイトルはノーベル賞作家ウィリアム・フォークナーの同名小説から感化されたものだという。

「タイトルの“サウンド”というのは楽音で、“フューリー(Fury)”というのは騒音だと思ってください。最初はクリアだった音がどんどん複雑になり、ノイジーになっていくのです。更には逆の流れも交わっていきます。この曲を書こうとしていたとき、読んでいたフォークナーの小説でも、非常にシンプルな話が徐々に複雑化、最後はグチャグチャになっていきます」

 古典と真摯に向き合いながら、安易な新しさに飛びつかずに音楽を書き続けるマヌリこそ、現代音楽という枠を超えて多くの音楽ファンに聴かれるべき存在だ。こうした大規模な個展が日本で開催されるのは今回が初めて。会場で体感しなければ真価の分からない作品もあるだけに、この貴重な機会を逃すべきではない。
取材・文:小室敬幸 写真:藤本史昭


【Profile】

現在最も重要なフランスの作曲家の一人で、ライヴ・エレクトロニクス分野における研究者であり先駆者。1995〜2001年パリ管コンポーザー・イン・レジデンス等を務めた。これまでオペラからソロ曲まで多彩な作品を次々と発表。近年では指揮者ロトに触発され、ケルン・ギュルツェニヒ管のために「ケルン三部作」を発表している。また2017年には、ノーベル賞作家イェリネク原作による、福島の原発事故をテーマとした、俳優、音楽家、歌手とエレクトロニクスによるオペラ《光のない。》が初演された。フランス芸術文化勲章「オフィシエ」受章。ベルリン芸術アカデミー会員。


【information】
コンポージアム2019

◎2019年度武満徹作曲賞 本選演奏会
6/9(日)15:00
審査員:フィリップ・マヌリ
指揮:阿部加奈子
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

◎講演会「フィリップ・マヌリ、自作を語る」
6/12(水)19:00(入場無料/事前申込不要)

◎フィリップ・マヌリの音楽
6/13(木)19:00

指揮:ペーター・ルンデル
フルート:マリオ・カローリ
管弦楽:東京都交響楽団

会場:東京オペラシティ コンサートホール

問:東京オペラシティチケットセンター03-5353-9999
http://www.operacity.jp/concert/compo/2019/