岩井理花(ソプラノ)

ワーグナーのエロティシズムに刺激される“危険な”コンサート

C)Naoko Nagasawa
 響きが美しい中ホールで、名手たちが集い、アメリカでブレイク中のマエストロが指揮、新年からワーグナー、実に濃い。そして贅沢だ。
「『あらかわバイロイト』で出会った4人で、熟練したオケと、その力を引き出せる指揮者のもとで、すばらしいワーグナーを再現したいと話していて、幸い千代田区から助成金をいただけることになって実現したのです。指揮者のホルヘ・パローディさんは、練習を聴いたところ、ワーグナーを振るのは初めてというのにすごくよく研究されているし、エネルギーの方向が的確でテンポ感が見事。すばらしいコンサートになると確信しました」
 美声のリリコ・スピントで数々の役を成功させてきた岩井だが、並み居るワーグナー歌手とくらべれば一見小柄である。だが、「ワーグナーを歌うのは大変ですが、若い頃はそれほど負担ではなかったのです」と軽く言いきるのだ。なぜだろうか。
「ワーグナーの魔力に憑かれるとでも表現すればいいのか、エネルギーに突き動かされるように声が湧いてくるんです。血の巡りが良くなるのでしょうか。ワーグナーの音楽は全身に熱い快感を与えてくれて、歌っていて疲れないんです。私って変でしょうか(笑)」
 このコンサートは初心者にもワーグナーの魅力を伝えるため、わかりやすい管弦楽曲も交えている。演奏するのは「ザ・オペラ・バンド」。2005年に設立され、オペラを中心に活動するオーケストラだ。紀尾井ホールに壮麗なサウンドが鳴り渡る。
「《ローエングリン》の第1幕への前奏曲などは大きな高揚感があるから、その洗礼を受けてワグネリアンになる人が多いのでしょう。でも、歌い手もエロティシズムを感じ、それに突き動かされるのだと思います」
 今回、岩井が歌うのは《ローエングリン》のエルザと《ワルキューレ》のジークリンデ。この二役にもエロティシズムがあるという。
「もちろんです。エルザは甲冑の騎士を夢見るところに、憧れと愛のエロティシズムを感じます。ジークリンデは私には一番愛おしい役ですが、ワーグナーのどのヒロインよりもそれがありますね。ジークムントと結ばれるところで『あなたこそ春』と歌うあたりは、音の愛撫のようです」
 ワーグナーの音楽に聴き手を“愛撫”する力があるのはわかるが、歌い手がそれを強く受けていれば、聴き手にはさらに強く伝わるだろう。岩井のほかにも、青戸知(バリトン)、武井涼子(ソプラノ)、宮里直樹(テノール)、田村由貴絵(メゾソプラノ)など実力派がずらり。
「ワーグナーを歌う声量とエネルギーを持っている歌手の方たちばかりなので、〈ワルキューレの騎行〉も、いかにも音楽が駆けめぐるように活き活きと描かれることになると思います。ぜひ聴きにいらしてください」
 聴き手の身も心もすべて奪われる危険なコンサートになりそうだ。
取材・文:香原斗志
(ぶらあぼ2019年1月号より)

ニューイヤー・ワーグナー・グランド・ガラコンサート
2019.1/8(火)19:00 紀尾井ホール
問:日墺文化協会内コンサート事務局03-3271-3966
https://www.wagnergrandgala2019.com/