弾き込んでいくと頭のなかで作曲家が明確に見えてくるのです
ピアニストの松本和将が行っている「世界音楽遺産」シリーズの第3回は、シューマンとブラームスがテーマ。二人の作曲家がクララを巡って書き上げた濃密な内容の作品が登場する。
「昔からブラームスが大好きなんです。今回一番弾きたいのは『創作主題による変奏曲』。シューマンが亡くなった翌年に書かれ、クララへの思いが音から切々と伝わる曲で、楽譜に記されたポコ・フォルテの標語から複雑な思いが読み取れます」
一方、ピアノ・ソナタ第3番は若きブラームスが生み出したみずみずしいソナタである。
「全体に若さを感じます。いまは『ドイツ・レクイエム』をずっと聴いていますが、大学時代は交響曲にハマっていました。その後、作品76、117、118の小品を弾くうちにすっかり魅了され、生涯にわたってブラームスのピアノ曲全曲を演奏したいと思うようになりました」
シューマンの「幻想曲」は、20代前半から弾き続けている愛奏曲である。
「僕は偉大な作曲家の作品を弾き続けていると、次第に頭のなかが透明になり、その作曲家が“明確に見えてくる状態”になり、物語や映像が自然に浮かんでくるのですが、まだシューマンはそうした状態になっていない。それをひたすら希求して演奏するのもいいかなと思い、取り上げました。他の作曲家ではショパンをずいぶん弾いていますが、長年遠い存在だったんです。ところが『幻想ポロネーズ』を弾いていたときにようやく扉が開いた瞬間があり、以来ショパンの他の作品も身近に感じられるようになりました」
彼の話はとても興味深い。演奏していると作品にまつわる色彩や風景や物語が映像として見えてきて、脳内がその状態になると作品と一体化できるのだという。今回のクララを巡るシューマンとブラームスの作品からは、どんな映像が生まれるのだろうか。聴き手はそのピアノから想像力と創造力を喚起され、ともにその世界に入り込めるに違いない。
「このシリーズは長期スパンで考えています。来年はフランス作品を取り上げたい。ロシアをテーマにしたときには『展覧会の絵』をとことん探求し、1年間さまざまなロシア作品と対峙しました。それがとても貴重な経験となり、作曲家の意図に近づけました」
松本和将の語りは率直で飾らない。演奏も同様に聴き手の心にストレートに語りかけてくる。このシリーズはライヴ収録しているため、足跡を音で辿ることができ、テーマ別に堪能できる。彼のライフワークといえそうだ。
取材・文:伊熊よし子
(ぶらあぼ2018年11月号より)
松本和将の世界音楽遺産 シリーズ第3回 ドイツ・ロマン編〜クララを巡って〜
2018.11/14(水)19:00 東京文化会館(小)
問:e-mail:ongakuisan@cross-art.co.jp
http://www.kaz-matsumoto.com/