6月のトリフォニー・シリーズでは、オーケストラ・ビルダーとして評価が高く、日本でもおなじみのアンドリュー・リットンのタクトで、爛熟したウィーンの精神的水脈をディープに遡行する。
まずは歌劇《ルル》組曲から。性的魅力で男を滅ぼすファム・ファタル(運命の女)は世紀末芸術のアイコンの一つだが、この退廃的な女性をアルバン・べルクは濃厚なオーケストレーションでオペラ化した。第3幕を残したまま世を去ったため歌劇は完成しなかったが、ソプラノと管弦楽のための組曲がそのエッセンスを示してくれる。晩年の《ルル》に対し、異端の詩人に付曲した「アルテンベルク歌曲集」はベルク初期のスタイルを伝える。絵葉書に書きつけられた短い詩句が、管弦楽が織りなす無調の絨毯の上を浮遊する。
マーラーの交響曲第4番「大いなる喜びへの賛歌」は、重苦しい前半とは打って変わって鈴の音に導かれ天上の生活が歌われる。この旋律は「子供の魔法の角笛」の歌曲を引用しており、つまりは管弦楽伴奏へと拡大されたリートが交響曲へと組み込まれているわけだが、ここに一見対比的なベルクを生んだウィーン世紀末の源流を見ることができよう。マーラーは無調や十二音音楽で知られる新ウィーン楽派の、同時代における数少ない理解者でもあった。
この刺激的な音楽旅行で歌の翼の役目を果たすのは、フランス在住ながら東京の声楽シーンでもますます存在感を増している林正子。不安を掻き立てるベルクからマーラーの朗らかな歌まで、幅の広い表現を聴かせてくれるだろう。
文:江藤光紀
(ぶらあぼ2018年6月号)
第590回 定期演奏会トパーズ〈トリフォニー・シリーズ〉
2018.6/29(金)19:00、6/30(土)14:00 すみだトリフォニーホール
問:新日本フィル・チケットボックス03-5610-3815
http://www.njp.or.jp/