五嶋 龍(ヴァイオリン)

いつかヴァイオリンの音に出会った時、今日の想い出が蘇る

C)Ayako Yamamoto/UMLLC

 世界トップ・レベルのソリストとしての活躍に加え、教育や国際文化交流など、演奏以外にも様々な活動を展開しているヴァイオリニストの五嶋龍。昨年は、北朝鮮による拉致問題の早期解決を願う企画「project R“拉致被害者を忘れない。”」を立ち上げ、夏から秋にかけて一般大学のオーケストラと共演を重ねて、同主旨でチャリティー・リサイタルなどを開催。NHKワールド・ラジオ日本の番組に出演して、短波とインターネットを通じてメッセージと演奏が海外向けに(計17言語で随時)放送されたことも話題を集めた。
「これで問題が一気に解決するとは思っていませんが、演奏家として僅かでも社会や人々に影響を与えることができる可能性があるなら、と考えて行動しました。イベントでは学生たちと一体になって頑張れたし、自分たちの演奏が、もしかしたら素晴らしい音楽を自由に聴くことのできない人の耳にも届いて、何かが変わるかもしれないと想像することで、関わったすべての人の誇りにもなったのではないかと思っています」

ツアーのタイトルに込められたものとは

 2018年も注目公演が目白押しだが、7〜8月にかけて全国9ヵ所をまわる「忘却にして永遠に刻まれる時」と題したリサイタル・ツアーが楽しみだ。
「人間の記憶とはうまく出来ていて、楽しい想い出は自分にとって都合良くどこまでも膨らむし、辛く哀しい出来事はいつの間にか遠のいて、どちらも“自作の抒情詩”となって心に刻まれます。ですから、今回のリサイタルで聴いていただく音楽も、演奏の細かい部分は時間と共に忘れられたとしても、聴き手の人生の一部となって残り、後に何かのきっかけで“音”と一緒に当時の“想い”が蘇ることがあれば素敵だなと思ったのです。そのせいで、ちょっと屁理屈で格好付けたタイトルになってしまいました(笑)」

シューマン、ドビュッシー、イサン・ユンをプログラミング

 プログラムにはまず、デュッセルドルフ時代にシューマンが書いた2番目のソナタ、そしてドビュッシーの絶筆としても知られるソナタの2作品が組まれた。
「どちらも何か具体的なストーリーを語っているものではありませんが、かといって捉えどころがないわけではありません。シューマンの作品からは、次第に精神に破綻をきたしていく彼が、現実に踏み留まろうとしてもがき、必死になって正気の自分を捕まえようとしている姿が目に浮かびます。言葉にできない想いがフラストレーションとなり、絶望と希望が音になって押し寄せてくるのを感じるのです。ピアニストとしてのキャリアをはじめ、生涯にわたっていろいろなものを失ってきた彼にとって、“愛するクララだけは守りたい”という願いが伝わってきます。一方でドビュッシーは、各楽章の中が様々な色彩で溢れかえっているのが特徴。こちらはそのカラフルな色のコントラストをどれだけ上手く表現できるかに注視して演奏したいです」
 また、朝鮮半島の出身で戦後にパリ国立高等音楽院で学び、政治的にも紆余曲折を経て作曲家として作風を確立したイサン・ユンが、晩年に書いたソナタも演奏される。
「以前、姉(五嶋みどり)が関わったプロジェクトで彼の作品を知りました。ユニークな音色の使い方に民族的な意識を感じるし、現代音楽としてメシアンなどの影響も受けている。弾いていると不思議な光景が浮かび上がってくる感じがいいですね」
 ピアノは長年にわたり共演を重ねている盟友マイケル・ドゥセク。
「自己主張を押しつけず、人間的な優しさの中にも知的で規律のある演奏が彼の魅力。皆さんがコンサートに足を運んで下さるのを二人でお待ちしています」
取材・文:東端哲也
(ぶらあぼ2018年3月号より)

五嶋 龍 ヴァイオリン・リサイタル2018 “忘却にして永遠に刻まれる時”
2018.7/28(土)14:00 山口/宇部市渡辺翁記念会館    
7/29(日)14:00 長野/軽井沢大賀ホール
7/30(月)19:00 岐阜/サラマンカホール       
8/1(水)19:00 静岡/アクトシティ浜松(中)
8/2(木)19:00 北海道/北広島市芸術文化ホール   
8/3(金)19:00 北海道/深川市文化交流ホールみ・らい
8/5(日)15:00 広島/三原市芸術文化センターポポロ 
8/6(月)19:00 大阪/ザ・シンフォニーホール
8/8(水)19:00 東京/サントリーホール
※発売日を含む各公演の詳細は下記ウェブサイトでご確認ください。 
http://www.ryugoto.com/