エリオット・カーターの魅力を伝えたい
現代音楽を中心に多彩な演奏活動を行っている朝川万里。ジュリアード音楽院とエール大学大学院で学んだあとにイタリアに渡り、ミケランジェリの高弟であるブルーノ・メッツェーナに師事した。現在は、今年没後5年を迎えたアメリカの作曲家、エリオット・カーター(1908-2012)の作品の普及に尽力している希有なピアニストだ。今回『The Flow of Music』と題したアルバムをリリースする。
「日本では“アメリカ音楽”といえばケージやライヒが主流ですが、1960年代に彼らの音楽が日本に入ってきたころ、アメリカではカーターや今回CDに一緒に収録したミルトン・バビット(1916-2011)といった作曲家が主流だったのです」
カーターやバビット作品の演奏には高度な運動神経や卓越したリズム感を求められ、聴く側にも複雑な響きの連続が与えられるため、どうしても“難しい”という印象は受けてしまう、と朝川は話す。
「いきなり聴いて理解する、というのはやはり難しいです。ですから様々なレクチャーコンサートを行い、彼の音楽の大きな特徴である“流れの音楽”、そして特別な響きを、演奏家の観点から説明しています。彼の音楽には、その複雑さの中に人間らしい感情の表現や色彩が宿っているので、それを伝えたいのです」
カーターの音楽を特徴づける“流れの音楽”とは、どのようなものなのだろうか。
「複雑な要素や響き、困難な技術などが密接に融合することで、息の長い、感情豊かなフレーズの流れを創り出していくのです。演奏中、絶えず音楽が進化し続けていくような感覚があります」
この“流れの音楽”の特徴も含め、カーターやバビットといった作曲家の作品とその魅力をもっと味わえるよう、1月に開催されるリサイタルではプレトークも行われる。登壇者の音楽学者ジョン・リンクはカーター研究の第一人者だ。
「アメリカでは最近カーター研究が盛んに行われています。研究の最前線にいて、ご自身も作曲家であるリンクさんのトークが、作品を楽しむ重要なヒントを示してくださるはずです。どうしても“複雑”という言葉と切り離せないカーターの作品ですが、聴いてくださる方には、ぜひ“流れ”に身を任せ、自然体で楽しんでいただきたいですね」
今回、リサイタルの演目は、アルバム収録曲を入れつつ構成した。カーターの「2つのダイヴァージョン」「マトリビュート」、バビットの「ポスト・パーティション」ほか。
カーターは亡くなったその年に朝川の演奏を聴き、絶賛の言葉を贈った。今回朝川がリリースするCDもエリオット・カーター財団からの助成を受けているが、これはカーターが彼女の演奏に大きな感動を受けたことに由来するもの。今回のリサイタルとCDは、カーター作品の神髄を存分に堪能できる貴重なものとなるはずだ。
取材・文:長井進之介
(ぶらあぼ2018年1月号より)
朝川万里 CD発売記念リサイタル
2018.1/26(金)19:00 杉並公会堂(小)
問 カメラータ・トウキョウ03-5790-5560
http://www.camerata.co.jp/
CD
『The Flow of Music』
CENTAUR/輸入盤
CRC3646 ¥オープン