西脇義訓(指揮) インタビュー

果敢で新たなチャレンジ!
従来の常識を覆すオーケストラ公演再び!

interview & text:宮本 明

※「ぶらあぼ」2019年8月号掲載のインタビュー(p.51)の別バージョンです。

西脇義訓

指揮者・西脇義訓が2013年に創設した「デア・リング東京オーケストラ(DRT)」が、この9月に第2回公演を行う。

筋金入りの音楽ファンでも、西脇の名をご存知の方は、たぶんそう多くはないだろう。長くフィリップス・レーベルの国内プロデューサーとして活躍したベテラン。退職後は自らレコード会社「エヌ・アンド・エフ」を立ち上げ、高品位録音を追求したさまざまな試みを重ねながら、多くの注目盤を発表している。筆者も、公私にわたってさんざん世話になってきた、音楽業界の大先輩だ。

一方で、アマチュア・オーケストラの指揮者としても精力的に活動してきた人である。だから正直なところ、このオーケストラの噂を最初に聞かされたときには、そうした彼のアマチュア活動の一環、失礼ながら趣味の延長線上の話なのかとばかり思ってしまった。ところが今回実際に西脇に話を聞いてみると、その先入観はまったく外れていた。DRTは、これまでのオーケストラの常識を打ち破ろうとする、西脇の果敢で新たなチャレンジだった。

「アマオケの活動がまったく関係ないわけではないですよ。長年やってきたなかで、どうやればうまくいくか、感触を得た方法論がある。それがプロでも通用するのかの、挑戦でもあるのです。でもね、それを既存のプロでやるのは難しいんです。たとえば録音の都合で打楽器の位置を変えてほしいと頼んでも受け入れてもらえないという経験もありますし。じゃあ自分で作るしかない(笑)」

独立したきっかけにもなり、録音も多くありつながりの深い森悠子さん率いる長岡京室内アンサンブルの若いメンバーの一人が興味を持ってくれて、彼が核となって仲間に声をかけてくれた。ほかにも、やはり仕事で旧知のサイトウ・キネン・オーケストラのメンバーなどに、若い生徒を紹介してもらうなどしながらメンバーを集めた。

「創立当時に音大を卒業したての、20代前半だったメンバーが中心です。なかには『ヨーロッパから帰ってきたのだけれども、自分が求めるオケがなかなか見つからない。ここでようやく見つかりました』と賛同してくれる人もいました。そういう人たちが一生懸命応援してくれるから続けられるのです」


いきなりブルックナーのレコーディングでスタート!

13年4月に約50人で活動を開始。もちろん、奏者たちにギャラを払って運営する、れっきとしたプロ・オーケストラだ。始めはブルックナーの交響曲第3番「ワーグナー」の録音だった。コンサートではなく、まず録音を主たる活動の場としてスタートを切ったのだ。レコード業界で生きてきた西脇らしい発想だろう。

「指揮者のいちばんの役割は、かけがえのない音色や香りを、メンバーと共に創っていくことだと考えています。最初にブルックナーの3番を選んだのは、理想の響きが出しやすいと思ったからです。普通だったらモーツァルトあたりから始めるのかもしれないけれど、でも最初にブルックナーをやって、それができればモーツァルトもできると思いました。逆に、モーツァルトができればブルックナーもできる。僕の中ではイコールなんです」

その後もおよそ1年に1枚ペースでCDをリリースし続け、昨年8月に初めてコンサートを開いて公開デビューを果たした。
DRTの弦楽器編成は少し、いや、かなり変わっている。

「弦楽器の人数はクァルテットの倍数です。だって、弦楽四重奏は各パート一人ずつ、つまり同人数ですけど、それで第1ヴァイオリンのバランスが弱すぎるなんて、誰も感じないし、よいクァルテットはサントリーホールでも響きわたるでしょう?」

それだけではない。昨年のコンサートを見た人は驚いたはずだ。DRTのオーケストラ配置は通常とはかなり異なる。よくある「古典配置かモダン配置か」とかのレベルではない。たとえばあるときは、学校の教室のように、全員が前を向いて並列に並ぶ。またあるときは「パート」という概念を捨てて、第1ヴァイオリンからチェロまで4人がユニットとなり、複数の弦楽四重奏が点在するような形で並ぶ。ときには客席や指揮者に背を向けている奏者がいたりする。「バイロイト・サウンドがDRTの原点なのでバイロイト祝祭大劇場まで赴き「あのステージの下に設けられたピットで写真を撮って、楽器の配置とサウンドの関係を研究した」という西脇だけに、説得力がある。

2018年8月のデビューコンサートより
メンデルスゾーン:交響曲第4番「イタリア」
メンデルスゾーン:交響曲第3番「スコットランド」 レコーディング風景より

「でもね。僕は最終的に、並び方は関係ないと思っているんです」

奇をてらっているのではない。根本にあるのは、指揮者の棒を中心としたアンサンブル作りへの疑問だという。指揮者自身がそんなことを言っていいのだろうか。

「タクトで音楽を作るのは、効率はいいかもしれません。でも、もうひとつ別の次元でやりたいんです。『空間力』と言っているのですが、棒を見て弾くのではなく、空間を感じて、その空間がよく響くように演奏してほしいのです」

他人に合わせるのではなく、各自が自立した演奏を目指す。だからアイコンタクトも要らない。

「DRTはアイコンタクト禁止です(笑)。アンサンブルの極意だと思われているけれど、逆に、目に頼りすぎてしまう」

なにより、自分で考えること、常にハーモニーの流れを感じることが大事なのだと力説する。その徹底した自主性の追求ゆえに、DRTでは、コンサートマスターや各楽器の首席奏者を決めていない。譜面台を、弦楽器奏者二人で共有するのではなく、一人1本ずつ立てて弾いているのも、自主性の象徴のひとつといえるだろう。さらに、なんと弦楽器のボウイングも揃えない。そんなに自由で大丈夫なのか。

「常識的に、アップかダウンか、だいたいプロならみんな共通の認識を持っています。それを迷うような音楽的箇所は、実はどちらでもいいようなところが多い。正解はないのです」

ボウイングを隣の奏者に合わせなくていいというだけでも、解放されて、演奏がかなり自由になるのだという。時には管楽器もバラバラに配置する。


通常のオーケストラで常識とされていることが、
結果的に全部反対になった

「自分が疑問に感じていたことを、ここでは全部やってみようと思っている」と話す西脇。

「僕の意識のなかでは、新しいことや変わったことをやろうとしているのではなくて、むしろ原点に戻っているのです。まず、みんなが幸せに弾けること。そして、いい音、いい響き、いいアンサンブルを突き詰めていったら、通常のオーケストラで常識とされていることが、結果的に全部反対になった」

話を聞いただけではにわかには信じられないことも多いのだけれど、個々の自主性の集積が紡ぎ出す、生き生きとした演奏はすでに定評を得ているし、一家言ありそうな海千山千のオケ奏者たちのなかに熱烈な支持者が続出しているという事実も、この新しいオーケストラ演奏の魅力を示す手がかりになりそうだ。

ブルックナーの3番を録音したとき、まだ存命だった指揮者で音楽評論家の故・宇野功芳が、まるまる2日間レコーディング現場に立ち会って、こう言ったという。

「西脇君。素晴らしいと思うけれど、この響きは録音には入らないんじゃないか。このオーケストラは、同じ空間のなかで聴かないと理解できないんじゃないだろうか」

9月公演はシューベルトの「未完成」とブルックナーの7番。

「未完成」は1965年4月、高校2年生のときに聴いたクーベリック指揮バイエルン放送交響楽団のえも言われぬ美しさが忘れられません。オーケストラは凄い!大好きになりチェロをはじめました。DRTのもうひとつの原点です」

論より証拠。オーケストラ・ファンはまず一度、自分の目と耳で、DRTの革新的な試み、新たな挑戦を確かめに行こうではないか。


information
西脇義訓 指揮
デア・リング東京オーケストラ 第2回公演

2019.9/4(水)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

曲目
シューベルト:交響曲第7番(8番)ロ短調D759「未完成」
ブルックナー:交響曲第7番ホ長調(ハース版)

問:クレオム03-6804-6526
デア・リング東京オーケストラ 公式サイト
https://derringtokyo.jimdo.com/

※デア・リング東京オーケストラは第2回公演とCD制作に対してクラウド・ファンディングの協賛を募集中(8/23まで)。公演への招待、CDプレゼント、録音風景見学(9/5)見学のリターン付き。詳しくは下記ウェブサイトをご覧ください。
https://motion-gallery.net/projects/derringtokyo