小川典子(ピアノ)

思い出のホールで弾くモーツァルトとロマン派の傑作

©S.Mitsuta
 1953年に開館した銀座の旧ヤマハホールは、著名演奏家のコンサートだけでなく、ピアニストを目指す子供たちのコンクールの舞台でもあった。小川典子も、子供の頃に何度も演奏したという。全面リニューアルを経て、2010年に再開館した現ヤマハホールに、もはや当時の面影はないが、このホールへの小川の想いは大きい。来る7月7日、高校生時代以来、またリニューアル後初めて、彼女がその舞台に立つ。
 初めてヤマハホールで演奏したのは小学3年生のとき。桐朋学園子供のための音楽教室・成績優秀者の演奏会だった。
「モーツァルトのピアノ・ソナタ第3番を弾きましたが、あまりに緊張してどう弾いたのか覚えていないほどでした。あと、高校1年生の時のコンクールでは本選で一番手になってしまい、『ラ・カンパネラ』でいきなり弦を切ったことがありました。どれも緊張した記憶ばかりですが、今こうして活動するきっかけを作ってくれたホールでの思い出として、大切にしています」
 リサイタルでは、そんな思い出の2作品を含むプログラムを用意した。
「モーツァルトのソナタ3番は、子供の頃何気なく弾いていたことを今は難しく感じたり、逆に理屈がわかったおかげで簡単になった部分もあったりしておもしろいです。今回は11番のソナタも取り上げます。モーツァルトの作品は、お砂糖のようなものでくるんであって表の顔は明るいけれど、実際には暗い要素が強い。短調の数小節に真実が隠されていると感じます。楽譜に書かれた指示も少ないので、演奏者の感じ方が露わになる、その意味で“怖い”作曲家です」
 後半のメインに置くのは、シューマンの「幻想曲」。
「ロマン派のピアノ曲の“横綱”です。1楽章は弱拍やテンポの揺れが多用されて不安定。当時のシューマンの心境が表れています。2楽章は非常に楽観的で、未解決の問題を乗り越えたかのような勝ち誇った表情を見せ、3楽章は、ロマンティックな音楽の中で2度感情を爆発させます。シューマンは音楽に溺れて弾くことが必要で、のめり込んで演奏した後はそこから戻ってくるのが大変です。でも、演奏家が曲に翻弄されたり足をとられたりしてはいけません。そこを冷静にコントロールしたうえで、裸の感情をぶつけるような音楽を届けたいです」
 日本と英国を拠点に、演奏活動に加え、コンクールの審査や「ジェイミーのコンサート」という福祉活動にも取り組む小川。初めてヤマハホールの舞台に立った少女の頃から「快活で元気いっぱいだった」というが、エネルギッシュさは今も変わらない。今後も、広い視野をもって展開される活動に注目したい。
取材・文:高坂はる香
(ぶらあぼ 2017年5月号から)

7/7(金)19:00 ヤマハホール
問:ヤマハ銀座ビルインフォメーション03-3572-3171 
http://www.yamahaginza.com/hall/