“リピートなし”で見えてくるゴルトベルクの核心
すみだトリフォニーホールでは、J.S.バッハの名曲「ゴルトベルク変奏曲」のコンサートシリーズを展開している。10回目を迎える2017年は、フランスとスイスの2つの国籍を持つピアニスト、セドリック・ペシャが登場する。
02年のジーナ・バッカウアー国際ピアノ・コンクールの覇者であり、ヨーロッパはもちろん中国、北米、南米、北アフリカでツアーを行うなど、その活動は精力的だ。ペシャは一切のリピート(繰り返し)を排した「ゴルトベルク変奏曲」の演奏で知られている。アリアと30の変奏からなるこの作品は、通常はそれぞれの曲の中間と終わりでリピートし、60〜80分をかけて演奏されるが、ペシャは繰り返しを避けることで、すっきりと明快な印象の作品像を提示する。当然ながら演奏時間は約40分と短くなる。
「リピート付きで演奏したことも何度かありますし、その良さもあります。ただ個人的には、リピート無しの方が好きですね。音楽が決して後ろ向きとならず、いつも前向きに発展していくため、よりダイナミックに感じられるのです」
リピート無しの演奏によるペシャのCDは、04年にリリースされ注目を浴びたが、「ステージで何度も演奏するうちに、自分の中の創造性が感じられなくなった」ことを理由に、14年まで「ゴルトベルク変奏曲」の演奏を封印した。
「その間は、『平均律クラヴィーア曲集』や『フーガの技法』など、バッハの他の傑作に取り組んでいました。そして再び『ゴルトベルク』に戻ると決めた時、新しい楽譜を買って、10年前の感情や考え、挑戦しようとしたことをすべて忘れ、一から作品と向き合いました。これは私にとって素晴らしい経験でした。そして今、この曲に対するヴィジョンは12年前から大きく変化しています。厳格な構成と自由さとを持ち合わせたこの作品は、精神性、心理ゲーム、深い感情、そしてウィットに満ちており、その解釈には感情と知性とが求められます」
このリサイタルでは、フレスコバルディ、ブラームス、ウェーベルンの変奏曲も取り上げる。
「国も時代も異なる4人の天才が、『変奏曲』という枠組みの中で、一つの素材からいかにファンタジーを広げ巨大な世界を作り上げていくのか、そこに注目していただきたいですね」
小津安二郎と溝口健二の映画のファンであり、日本人の友人も多いと語るペシャ。日本デビューとなる今回のリサイタルに大いに期待したい。
取材・文:飯田有抄
(ぶらあぼ 2017年2月号から)
トリフォニーホール《ゴルトベルク変奏曲》2017
セドリック・ペシャ ピアノ・リサイタル
2/17(金)19:00 すみだトリフォニーホール
問:トリフォニーホールチケットセンター03-5608-1212
http://www.triphony.com/