人間の罪と愛を描く――新国立劇場《エレクトラ》の世界を演出家ヨハネス・エラートが語る

写真:堀田力丸 提供:新国立劇場
取材・文:編集部

 新国立劇場が2025/26シーズン最後の演目として、22年ぶりにリヒャルト・シュトラウス《エレクトラ》(新制作)を上演する。演出を手がけるのはドイツのヨハネス・エラート。元ヴァイオリニストで、近年ヨーロッパ各国の主要なオペラ賞を次々と受賞する気鋭演出家だ。キャストやスタッフを前に約1時間にわたって行われたコンセプト説明は、単なる演出プランの紹介にとどまらず、この作品が孕む人間存在そのものへの問いにまで及ぶものだった。

 「シュトラウスのオペラの中には、使われなかった言葉があります」。ギリシャ神話のテクストを引き出し、作品を理解する上での鍵であると語り始めたエラート。

「エレクトラがエギストに『死よりも酷いものとは何か?』と尋ねると、彼は『死を望む者にとっては生きることだ』と答えます。この言葉には、この物語を説明するための非常に多くの意味が含まれていると思います」

 ギリシャ神話に材を取ったオペラ《エレクトラ》は、母クリテムネストラとその愛人エギストに父アガメムノンを殺された娘エレクトラが、弟オレストとともに復讐を遂げる物語。しかしエラートが見つめるのは、「復讐の物語」としてだけではなく、その発端にある「呪いの連鎖」だ。
 その発端とは、アガメムノンがトロイア戦争の出征のために娘イフィゲニアを生贄に捧げたことだった。娘を失ったクリテムネストラは長い年月をかけて夫への復讐を企て、その殺害がさらに新たな復讐を呼び起こしていく。エラートは、この何世代にもわたる復讐の連鎖を、ヨーロッパの文化における「原罪」にも似た一種の「呪い」であると表現する。

「人間が人間を殺すこと生贄に捧げることによって始まった罪が繰り返し続いていく。この作品が持つ原罪や、人間の存在そのものについて語っているのだと思います。
 このオペラが作られた時代(1909年初演)は、心理学的なものに強い光が当てられ始めたときでした。そのことと、この作品が生まれたことは決して無関係ではないでしょう。人間の潜在意識のより深い層へとどんどん分け入って行く行為には、ある種の快感がありながら気味の悪さも同居しており、演出においてもそのような世界が立ち上がるように心がけています」

左より:ハイケ・シェーレ(美術)、ヨハネス・エラート(演出)、三浦安浩(演出補)

 舞台空間もまた、現実と幻想の境界を曖昧にする。
「宮殿にいるのか、精神病院にいるのか、あるいは宇宙なのか、水の中を浮遊しているのか。熱に浮かされたような感覚、泡の中にいるような感覚を与えたいと思っています。舞台上には本物のドアは存在しません。人々は登場したり退場したりするのではなく、どこかにずっと存在している。映像や風に揺れる窓を用いながら、全体として外界に取り囲まれたような、トーマス・マンの『魔の山』を思わせる不安定な世界が立ち現れるのです」

 登場人物でとりわけ重要なのが、エレクトラ、母クリテムネストラ、妹クリソテミスという3人の女性たちである。エレクトラは父の死に対する強い執着を抱き、母クリテムネストラは娘イフィゲニアを失った苦しみ、クリソテミスは「この登場人物の中ではまっとうな人物のように見えるが」母になりたいという強い願望に囚われている。

「この作品の中にいる3人の女性たちは、それぞれ異なる強迫観念に支配されています。それを埋めようとする意識がその強迫観念をさらに強いものにしています。エレクトラは父アガメムノンがクリテムネストラに殺されて衝撃を受けました。彼女にとって父親は非常に大きな存在といえますが、テクストをよく読むと、実は二人の関係には不審な点があることが分かります。私はそこに、何らかの虐待が隠されていると考えています。
 彼女たちの魂にはそれぞれ何らかの欠落があり、その欠落がウジ虫のように彼女たちの魂を食い尽くしているのです」

左より:ヘドヴィグ・ハウゲルト(クリソテミス)、ビビ・アベル(映像)、
エギルス・シリンス(オレスト)、藤村実穂子(クリテムネストラ)

 この狂気と復讐の世界に転換をもたらすのが、弟オレストの登場だ。
「オレストが現れると音楽はまったく違うものになり、非常にもろく美しい世界が出現します。
 ギリシャ神話の世界観の中では、男たちが復讐に次ぐ復讐を繰り返しているわけですが、オレストが登場し、復讐を望んでいたエレクトラと再会した瞬間、彼らは復讐することを忘れてしまいます。攻撃することを忘れたとき、そこには非常に美しい世界が現れ、愛が生まれるのです」

 またエレクトラとクリテムネストラの関係についてはこう語る。
「愛は憎悪の対義語ですが、感情をもたない『無関心』こそが愛の対義語だとも考えます。
 何かを相手に投げかければ、それは必ず返ってきます。恐れも、愛も、悲しみも、傷つけたいという感情も、鏡の反射のように。ただ私たちは自らに関心を持たない人に対しては、反応しないものです。今回の演出で鏡を用いるのはそういう理由です。
 相手と、あるいは鏡と対峙しているということは、そこで何かを得るということでもあります。私はエレクトラとクリテムネストラはとても似ていると思っています。だからこそ対立するのです。二人は互いを映し合っているのです」

 「正常」と「狂気」についても独自の考えを示した。
「ドイツ語には狂気を表す『verrückt』という言葉があります。『離れてしまっている』という意味ですが、では何から離れているのか。正常とは誰が決めるのでしょう。ある場所から見れば正常にみえるものが、別の場所からみればそうではないものにみえる。我々の世界には絶対的な客観はありません。
 この社会では、あらゆるものを善か悪、白か黒、正しいか間違っているか決めなければならなくなっていますが、それは非常に危険です。私は演出家として、そんな決めつけに対抗したいのです。もともとオペラというのは、リアルを超越したものです。私たちはリアルを超えた方法でものごとを伝える、そういうものを創っているのだということを忘れてはいけないのです」

 最後にエラートは、終幕近くのエレクトラの台詞を口にした。
「『音楽が聞こえないのですって? 音楽は私の身体からあふれてくるのです』。私はこの言葉が大好きです。オーケストラから鳴り響くものではなく、もっと大きな必然から生まれる音楽、その必然こそがオペラの価値なのです。そして一番大事なことは、私たち全員がこれをやる必要があるということです。いまその必然性を、この舞台の中で追求したいと思っています」

 エラートの強い覚悟とパッションが稽古場全体を包み込んだ。深淵なる心理描写と圧倒的な音楽が新国立劇場の舞台でどのように結実するのか、熱気を帯びたリハーサルは本番に向けて加速していく。

新国立劇場オペラ 2025/26シーズン
リヒャルト・シュトラウス《エレクトラ》新制作

全1幕(ドイツ語上演/日本語及び英語字幕付)

2026.6/29(月)19:00
7/2(木)、7/5(日)、7/8(水)、 7/12(日)各日14:00
新国立劇場 オペラパレス

指揮:大野和士
演出:ヨハネス・エラート
美術:ハイケ・シェーレ
衣裳:ノエル・ブランパン
照明:オラフ・フレーゼ
映像:ビビ・アベル

クリテムネストラ:藤村実穂子
エレクトラ:アイレ・アッソーニ
クリソテミス:ヘドヴィグ・ハウゲルド
エギスト:工藤和真
オレスト:エギルス・シリンス
オレストの養育者:斉木健詞
クリテムネストラの腹心の侍女:中村真紀
クリテムネストラの裳裾持ちの女:杉山由紀
若い下僕:糸賀修平
年老いた下僕:河野鉄平
監視の女:森谷真理
第1の下女:金子美香
第2の下女:谷口睦美
第3の下女:清水華澄
第4の下女:髙橋絵理
第5の下女:田崎尚美

合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/elektra/