全国からさわかみオペラの合唱団が集結!

5月24日、青森県の弘前市民会館でオペラを通じて地域活性化を試みるチャレンジングな公演が開催された。主催したのは、「日本にオペラ文化を広め、多くの人に『感動』と『心の贅沢』を」を合言葉に、10年以上精力的な活動を続けているさわかみオペラ芸術振興財団。演目はドニゼッティ作曲の《愛の妙薬》。ソリストはもちろんプロのオペラ歌手だが、注目したいのは全国から集結した総勢39名の合唱団。地元青森の「コーロ・クアトロミッレ」から21名、徳島の「コーロ・インダコ」が9名、喜多方の「酒蔵オペラ合唱団」8名、そして南魚沼の「オペラ合唱団うたのみ」から1名と、4つの団体に所属する歌い手たちで構成されている。彼らは別々の地域で暮らしながら、さわかみオペラが派遣するプロの歌手に年間を通じて歌と演技の指導を受け、日々練習に励んでいるいわゆるアマチュアの合唱団員たち。23年に創設されたばかりの青森の合唱団が、今回のオペラ公演に出演するということで、“先輩”にあたるさわかみオペラ合唱団の有志たちがサポートのために弘前に集結した。

開演前には、この公演の演出・合唱指導を担当し、自身も本場イタリアのトリエステ・ヴェルディ歌劇場を中心に歌手として活躍している武井基治さんが登場。オペラ鑑賞が初めての観客も思いきり楽しめるように、拍手のタイミングやBravoの掛け声などをレクチャーして座を温める。
そして本番。ソロを務める歌手とともに合唱メンバーも演技を交え堂々とした歌いっぷり。見せ場の後には客席からBravo!やBravi!の声が飛び、出演者も客席も全員笑顔、会場全体でひとつの公演を盛り上げていった。カーテンコールでは、初めてのステージとは思えないパフォーマンスを見せた青森の合唱メンバーをはじめ全員が完全燃焼の表情。盛大な拍手に導かれ、何度もステージに呼び出された。さらに終演後には、出演者全員がロビーに出てお見送り。最後まで観客を楽しませた。

興奮冷めやらぬなか、出演者に話を聞いた。まずは地元・弘前の合唱団、コーロ・クアトロミッレの団長の久保栄一郎さん。
「もう最初は、イタリア語の解読が大変で(笑)台本を読んでも何が書いてあるのか全く分からないところからのスタートでした。今回ご一緒したほかの団体の方たちは経験も豊富なので、『こういう場面はこんな表現をした方がいいよ』とか、メイクの仕方まで教えていただいて。本番では、歌だけでなく演技も思い切り楽しめました。何よりもお客さんと一体となって感動を共有できたことが、本当に嬉しかったです。『初めてとは思えないほど素晴らしい舞台だった』と言っていただけて」
続いて、今回の公演の実行委員長を務め、コーロ・クアトロミッレの一員として出演も果たした菊池暢晃さん。
「当初は、10人以下でスタートしました。中には『オペラを観たことがない』という方もいれば、『ずっと合唱をやっていて場所を探していた』という方もいらっしゃったり、『子どもが出たいと言うから、巻き込まれた』という方もいますね(笑)
今後は青森だけでも今回のような公演ができるくらいの人数に増やしたいですし、やるからにはプロの方と共演しても恥ずかしくない、趣味というより本格的な舞台を目指していきたいです」

県外から参加した人たちにも感想を聞いてみた。新潟の南魚沼からただひとり参加した上村良樹さんのコメント。
「徳島や喜多方の皆さんは舞台の空間を埋めたり、他の団員に声をかけたりと、素晴らしい誘導で先輩としての役割を全うされていました。私は自分の歌に必死でそれどころではなかったのですが…。経験者が引っ張って盛り上げていくことの重要性を学ぶ良い機会になりました」
もっともキャリアの長い徳島の団長を務める井上美穂さんは、歌うことに人一倍のめり込んでいる。本業は歯科医師で、徳島大学の歯学部で教鞭をとりつつ診察もしている。数年前に合唱団に参加して以来、その楽しさに目覚め、さわかみオペラが主宰している若手オペラ歌手育成アカデミーに1年間通い、さらに今年2月には、そのアカデミーのイタリア研修にも2週間参加したという熱の入れようだ。
「徳島の活動は8年目に入ります。当初はオペラの素人ばかりでしたが、舞台での立ち居振る舞いやメイク、空間の使い方などさわかみオペラの先生から熱く真剣な指導を受けてきました。今回が初めての青森の皆さんには、私たちもがんばって教えなければ、という思いをもって臨みました」

これまで各地の合唱団の指導をしてきた武井さんは
「はじめは『ここは立って』とか演技指導も細かくしてきたんですけど、最近は自然と動けるようになってレベルが上がっていると思います。今回の青森のメンバーも最後はかなり仕上がっていたので、助っ人が加わってかえって大丈夫?と心配していましたが、きちんと機能してこれまでにない新しい響きが生まれたように感じました。まるで『オールジャパン』とでも呼べるような素晴らしい演奏でした」と達成感を語る。
福島の喜多方では6月21日に、この《愛の妙薬》の本番を控えている。今回、参加した鈴木正人さんは、
「このステージは、本番に向けての絶好の機会となりました。舞台上の動きについて多くを学ぶことができ、持ち帰って団員と共有し活かしていきたいです。
青森の出演者は2日前に集まったばかりなんですが、同じさわかみオペラの合唱団ということで、もう親戚というか兄弟というか安心してすぐに溶け込めるんです。弘前の人たちも本当に温かく迎えてくれて。終わった後は自然と涙が出てきて、緞帳の陰でみんなで抱き合って泣いていました」と感動を語った。

プロジェクト全体の統括責任者、さわかみオペラ芸術振興財団の山田純さんにも話を聞いた。
「この合唱団は、単に歌が歌えるというだけの話ではなくて、自分たちが地域を盛り上げているという自負があって、それをステージの上でお客さんに魅せにいく。そういう共通の意識を持っているのですが、今回のような機会がなかったら知り合わなかった人たちです。何百キロも離れてひとつの舞台に立って、みんなで抱き合って、また来年もやろうと肩をたたいて。可能性がありますよね。今回やってみて、予想していた以上の手応えがありました」
コロナ禍を境に合唱団の数が減少していっているなか、さわかみオペラの合唱団はメンバーが増え続けている。オペラ・合唱を通じた地域活性化という前例のない試みは、一度その感動を味わった参加者が地元に戻り、情熱をもって仲間たちにその想いを伝えていくに違いない。やがてそれが共感を呼び、大きなうねりとなって全国に広がっていくだろう。
写真・取材・文:編集部
喜多方 酒蔵オペラ《愛の妙薬》
2025.6/21(土)14:30 喜多方プラザ文化センター大ホール
問:さわかみオペラ芸術振興財団0570-023-223
https://sawakami-opera.org