エリザベート王妃国際コンクール 入賞者に聞く

KAWAI

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2025 高坂はる香のピアノコンクール追っかけ日記 from ブリュッセル4

マティルド王妃と12名のファイナリストたち ©Alexandre de Terwangne

取材・文と写真:高坂はる香

 ここからは、コンクール中にお話を聞くチャンスのあった上位入賞者たちのインタビュー(…というより、交わした対話の様子)をご紹介します。
 まずはこの方から。

◎亀井聖矢さん(第5位) ※結果発表後のコメント

——チャペルでの1週間はいかがでしたか?

亀井 長かったです。3日目くらいにものすごく寂しくなって、日本に帰りたいとか、あの人に会いたいとか、とにかく、親しい誰かと話したいという気持ちが増してきてしまって。いてもたってもいられなくなって部屋の外に出たら久末さんがいたので、そこから2時間くらいしゃべりました(笑)。

Masaya Kamei ©Thomas Léonard

——お兄さんとしゃべって安心して眠れたと(笑)。では、そういう孤独も良かったというよりは、辛いということがわかった感じですか。

亀井 スマホがなくてSNSが見られないのは全く問題ないし、必要もなかったのですが、一人になってふとした時に誰かに連絡できないことが辛かったのだと思います。チャペルには仲間たちがいるけれど、部屋に戻れば一人ですから。

——そのチャペルで向き合うことになった新作課題曲は、いかがでしたか?

亀井 オーケストラのパートもよく勉強しておくようにして、本番ではオーケストラをしっかり聴くことを意識して弾いていました。作品を見ていくと、ジャズっぽい和声として分析できるところなどすごく理にかなったものを感じる部分も多くて、自分も作曲する時にこういう感じで書いてみたいと思えるスタイルでした。

——今回は第5位に入賞し、コンクールへの挑戦はこれで最後にするということですが、コンクール中盤の段階で、すでにそう話していらっしゃいましたね。これからの活動を見据えてのことだろうなと思います(※こちらは後日、番外編インタビューでたっぷりご紹介しますのでお楽しみに)。

亀井 はい、第5位をいただけてよかったです。本当に今は、自分がやりたいことを開拓していけるところに来られたと感じているんです。それをどう実現していくか、改めて考えながら、今後も進んでいきたいですね。

◎Valère Burnonさん(第3位) ※結果発表前のコメント

——エリザベートコンクールは、ベルギー人のあなたにとってどんな存在ですか?

Burnon ベルギー人にとってこのコンクールは非常に特別です。特殊なエネルギーが満ちているイベントですから。音楽に関わる人でなくてもみんながこのコンクールのことを知っていて、僕がピアノを勉強しているというと、ほとんどの人が、「エリザベートコンクールに出るの?」と聞いてくるんです。本当にもう、何千回もされてきた質問なんですよ!
 ですから僕にとって、すべてのラウンドを演奏し、ファイナルでラフマニノフの3番を弾くことができたのは、本当に特別な経験でした。

Valère Burnon ©Thomas Léonard

——新作課題曲も、とても楽しんで演奏していることが伝わってきました。

Burnon そうですね、素晴らしい作品なので心から気に入りました。おそらくファイナリストはみんなそう感じたと思います。長い作品ですが、とても良く書かれているので、演奏していて楽いのです。技術的にすごく難しいわけではなかったのもラッキーでした。全体的にすべての演奏がうまくいったので、とてもハッピーです。

——ところで、昨年日本にいらしているのですよね?

Burnon はい! 9月に東京のヤマハホールで演奏して、その後、11月に浜松のコンクールに出場しました。ただセミファイナルまでしか進めず、ファイナルでラフマニノフの第3番を演奏することができなくて残念に思っていました。でも結局は、この特別な場所で演奏できることになったので、むしろ嬉しく感じています。

◎久末航さん(第2位) ※結果発表前のコメント

——新作課題曲はいかがでしたか。

久末 ジャズの要素がたくさん感じられて、途中でちょっとブルースみたいなものもありながら場面転換していく音楽で、取り組みやすかったです。好きな作品でした。1曲目には「Music for the Heart」、心臓の音という意味もあるなど、作曲家ご自身が色々なイメージを教えてくれました。2曲目は、海や波のような動きがあって、印象的でした。聴きやすい作品でもあると思います。

——エリザベートコンクールでの経験を振り返って、いかがですか?

久末 長かったですね! 特に1週間のチャペル生活が長かったです。でもファイナリストがみなさんとても優しくて、すっかり仲良くなり、不思議な時間でした。何か、みんなで一緒にファイナルを作り上げているというイメージでした。すごく居心地がよかったです。

Wataru Hisasue © Thomas Léonard

——今年のエリザベートコンクールへの挑戦を決めたきっかけは?

久末 まだコロナの影響のあった4年前の大会に一度挑戦したのですが、思う結果が残せなかったので、再トライしようと思いました。これが最後のコンクールになるだろうという気持ちでの挑戦でした。

—— 今はドイツで勉強を続けていらっしゃいますね。

久末 はい、もう12年になります。1年だけパリに住んでいた時期もありますが。

—— ご自身のこの音楽のキャラクターはどのようにして確立されたと思いますか?

久末 わからないですが(笑)…音楽って人が全部出てしまうものだなとは思います。

—— そうですよね、久末さんは優しい方なんだろうなと思いながら聴きました。

久末 いやー、どうでしょうね(笑)。ただ、ドイツでいろいろな経験をさせてもらったことの影響が大きいとは思います。もちろん、ドイツだけではありませんが、これまでのいろいろな人との関わりをはじめ、生活のすべてが積み重なっての今のこの音楽になっているのだろうと思います。

——音楽は、人間のことですもんね。これからはどんなピアニストを目指していきたいですか?

久末 言葉にするのはむずかしいですが…今の世の中は目に見えないものをないがしろにして、数字でわかるものなどが重要視されがちです。音楽はそういう意味で真逆のものですが、結局最後に力をくれるのは、そういう目に見えないものだと思っています。その意味で、聴いてよかったと思ってもらえるピアニストを目指したいです。

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 次回は優勝したNikola Meeuwsenさんのインタビューをお届けします。

高坂はる香 Haruka Kosaka
大学院でインドのスラムの自立支援プロジェクトを研究。その後、2005年からピアノ専門誌の編集者として国内外でピアニストの取材を行なう。2011年よりフリーランスで活動。雑誌やCDブックレット、コンクール公式サイトやWeb媒体で記事を執筆。また、ポーランド、ロシア、アメリカなどで国際ピアノコンクールの現地取材を行い、ウェブサイトなどで現地レポートを配信している。
現在も定期的にインドを訪れ、西洋クラシック音楽とインドを結びつけたプロジェクトを計画中。
著書に『キンノヒマワリ ピアニスト中村紘子の記憶』(集英社刊)。
HP「ピアノの惑星ジャーナル」http://www.piano-planet.com/