ぶらあぼブラス!vol.40 第73回全日本吹奏楽コンクール・高等学校の部
追求した音楽とともに「青春のてっぺん」へ!

取材・文・写真:オザワ部長(吹奏楽作家)

熱気に満ちた「吹奏楽の甲子園」

 その日、宇都宮市文化会館のステージは普段とは違う特別な場所へと変貌していた。

 吹奏楽に青春をかける高校生たちの憧れの舞台、「吹奏楽の甲子園」とも呼ばれ、大きな注目を集める全日本吹奏楽コンクール。10月19日はときどき小雨がぱらつく空模様だったが、30校が次々と登場したホールには秋寒を感じさせない音楽の熱気が渦巻いていた。

 昨年から前半の部・後半の部がそれぞれ2ブロックに分けられたため、以前よりチケットは入手しやすくなったと思われるが、今年も争奪戦は激しかった。

 ホールの熱気には、プレミアムチケットを手に入れて各地から集まってきた吹奏楽ファンや関係者の期待感も多分に含まれていた。

30校中23校が選んだ課題曲

 今年の全国大会は、例年にも増して全体のレベルが底上げされており、技術的な差がさらに少なくなった一方、個性や表現の違いを感じられるものになっていた。

 課題曲と自由曲を12分以内で演奏するのだが、4曲の課題曲の中でもっとも人気を集めたのは、伊藤士恩作曲《マーチ「メモリーズ・リフレイン」》。なんと30校中23校が選択していた。

 出場校からは、自由曲とのマッチング、演奏時間の都合、あるいは「毎年マーチを選択している」といった選曲理由が聞かれたが、総じて「例年のマーチに比べて、非常に難しい」という声が多かった。それでも、全国大会ともなると、どの学校も「予想外の難曲」を高いレベルで仕上げてきているのがさすがだった。

 ほか、《祝い唄と踊り唄による幻想曲》は秋田県立秋田南高校と大阪桐蔭高校(大阪)、《ステップ、スキップ、ノンストップ(順次進行によるカプリッチョ)》は埼玉栄高校(埼玉)と富山県立富山商業高校、《Rhapsody 〜 Eclipse》は旭川明成高校(北海道)・近畿大学附属高校(大阪)・東海大学付属大阪仰星高校(大阪)が選択していた。

アルフレッド・リードが今年のトレンド

 自由曲については、毎年一種のブームがあるものだが、今年はなんといってもアルフレッド・リード。

岡山学芸館高校(岡山)©フォトライフ

 岡山学芸館高校(岡山)が2022年からリードの往年の名曲を自由曲に選び、金賞をとり続けている影響か、今年は千葉県立幕張総合高校が《「オセロ」より》、精華女子高校(福岡)が《エルサレム讃歌》、そして、岡山学芸館も《春の猟犬》を演奏し、いずれも金賞に輝いた。

 特に、《春の猟犬》は近年ではコンサートでよく演奏されるものの、全国大会高校の部では近年は演奏例がない。それだけに、岡山学芸館のサウンドや表現力の高さは今年も格別なものがあった。

活水中学校・高校(長崎)©フォトライフ
八王子学園八王子高校(東京)©フォトライフ

 また、オットリーノ・レスピーギ作曲《交響詩「ローマの祭り」より》を演奏した浜松聖星高校(静岡)と鹿児島県立松陽高校、フィリップ・スパーク作曲《ドラゴンの年(2017年版)》を演奏した活水中学校・高校(長崎)と八王子学園八王子高校(東京)はいずれも金賞。

 選曲の重要性が垣間見られた大会でもあった。

個々に強烈な印象を残した出場校

 今年は旭川明成高校と叡明高校(埼玉)という2校が初出場したのも印象的だった。

 いずれも初めての大舞台とは思えないほど落ち着いた様子で、演奏では旭川明成は表現力、叡明は迫力というそれぞれの持ち味を充分に発揮していた。結果はいずれも銀賞だった。

旭川明成高校(北海道)©フォトライフ

 ほかにも、秀逸な演奏が次々とステージで繰り広げられた。

 前半の部では、東海大学付属高輪台高校(東京)が持ち前の輝かしい都会的なサウンドと高度なテクニックで観客を魅了。出雲北陵高校(島根)は妖艶な《楽劇「サロメ」より 7つのヴェールの踊り》をしっかりした基礎力を土台にして丁寧に描いた。埼玉県立伊奈学園総合高校の《無伴奏ヴァイオリン・パルティータ 第2番 ニ短調より「シャコンヌ」》はその透徹された響きと芸術的な緊張感に、呼吸するのを忘れそうになるほどだった。高等学校の部最多となる47回出場の愛知工業大学名電高校(愛知)は《藍色の谷》で、風景の中に綴られた人の思いや人生の物語を情感豊かに奏でた。

出雲北陵高校(島根)©フォトライフ

 千葉県立幕張総合高校は出場校の中で唯一のオーケストラ部。弦楽器との活動を通して身体化された高度な芸術性による《「オセロ」より》は、吹奏楽の魅力と可能性をさらに押し広げる感動があり、3年連続の金賞受賞となった。

千葉県立幕張総合高校
千葉県立幕張総合高校

 後半の部では、トップバッターの玉名女子高校吹奏楽部(熊本)が、群を抜いた統一感で観客を驚嘆させ、12大会連続の金賞に輝いた。近畿大学附属高校は、持ち前のジャズやポップスの演奏力を活かせる《ディヴェルティメント》(オリヴァー・ヴェースピ)を演奏し、ホールをライブ会場のような楽しい空間に変えてしまった。大トリを飾った東海大学付属大阪仰星高校は、演奏する高校生たちの今後の人生に重なるかのような《遥けし未来へ》(フィリップ・スパーク)を奏で、悲願の初金賞に輝いた。

玉名女子高校(熊本)©フォトライフ
東海大学付属大阪仰星高校(大阪)©フォトライフ

 東海大仰星と並び、浜松聖星高校(静岡)、活水中学校・高校(長崎)も嬉しい創部初の金賞を手にした。

浜松聖星高校(静岡)©フォトライフ
活水中学校・高校(長崎)

金賞受賞校の歓喜のコメント

 表彰式の後、指揮をした先生たちもそれぞれに感無量の表情を浮かべていた。

 今年で8大会連続の金賞となり、演奏曲が翌年以降にブームになる岡山学芸館高校の顧問・中川重則先生はこう語った。
「演奏については、生徒たちはめいっぱい頑張ったと思います。(《春の猟犬》という選曲については)ここ数年、リードの曲の素晴らしさを改めて感じ、勇気を出してやってみようというチャレンジの選曲でした」

 この演奏で《春の猟犬》が再評価され、来年取りあげる学校や団体が増えるかもしれない。少し気が早いが、来年の選曲も楽しみだ。

岡山学芸館高校(岡山)

 昨年、創部初の全国大会金賞に輝いた八王子学園八王子高校は、嬉しい2年連続の金賞受賞となった。

 今年は全日本アンサンブルコンテストで金賞、全日本マーチングコンテストへの出場も決まり、乗りに乗っている。

 顧問の髙梨晃先生はこう語る。

「今回のテーマは『感謝』でした。挫けてしまいそうなとき、『人に感謝の気持ちを持っていれば、それが頑張る原動力になるよ』と伝えていたら、彼らはそれを理解して、本当によく頑張ってくれました。2年連続の金賞は率直に嬉しいです」

 昨年から一段フェーズが上がった演奏力を見せている八王子高校。東京は吹奏楽の激戦区だが、今後の活躍に期待したい。

八王子学園八王子高校(東京)

高校時代から求め続けた金賞

 初出場から5大会連続で銀賞が続いた末に、ついに金賞をつかみとった東海大学付属大阪仰星高校の顧問・藤本佳宏先生。

 表彰式後には関係者から熱い祝福を受け、笑顔を浮かべながらも落ち着いた口調でこう語ってくれた。

「金賞も嬉しいんですけど、本番の演奏がすごくよくて、素晴らしい生徒たちだなと思いました。(演奏は)彼ら、彼女らの持つすべての音楽が出し切れたものだったと思います。本当にいろいろな人たちに支えていただいた全国大会でした」

東海大学付属大阪仰星高校(大阪)

 自由曲《遥けし未来へ》には、部員たちの行く末を思う先生の思いが込められていたという。

「若い彼ら、彼女らですので、これから先も困難がたくさんあると思うんですけど、《遥けし未来》という曲のように力強く進んでいってもらいたいなと思います」

 藤本先生は東海大学付属大阪仰星高校の卒業生でもあり、現役当時から全国大会出場、そして、金賞受賞を目標としていた。2003年から母校でタクトを執り、2019年に全国大会初出場。そして、ついに長年の夢を実現した。

 表彰式で「ゴールド金賞」のアナウンスが響いたとき、思わずガッツポーズをする藤本先生の姿が印象的だった。かつて吹奏楽少年だった先生にとっての《遥けし未来》が輝いた瞬間でもあった。

「金賞はやはり格別でした。『(金賞が)なかなかとれへんな』と言われていたので、これで関西に胸張って帰れます(笑)。ただ、こうして全国から集まったいろいろな学校と全国大会で一緒に演奏できるのは本当に幸せだなと思いました」

 コンクールはすべて賞という結果がつく。もちろん、金賞受賞は素晴らしく、喜ばしいことだ。

 だが、特に今年の全国大会は、出場しているだけで充分と思えるほど、すべての学校が自分たちなりの「青春のてっぺん」を極め、感動的に演奏していた。

 今年はテレビでも特集されており、注目度がさらに高くなっているが、この吹奏楽という素晴らしい文化を日本中、世界中に知ってもらいたいという思いを新たにした1日だった。


『吹部ノート —12分間の青春—』
オザワ部長 著
ワニブックス

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オザワ部長 Ozawa Bucho(吹奏楽作家)

世界でただひとりの吹奏楽作家。
ノンフィクション書籍『とびたて!みんなのドラゴン 難病ALSの先生と日明小合唱部の冒険』が第71回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書に選出。ほか、おもな著書に小説『空とラッパと小倉トースト』、深作健太演出で舞台化された『吹奏楽部バンザイ!! コロナに負けない』、テレビでも特集された『旭川商業高校吹奏楽部のキセキ 熱血先生と部員たちの「夜明け」』、人気シリーズ最新作『吹部ノート 12分間の青春』など。