
クリスティアン・ティーレマンは、このところ少し変わったように思う。以前の彼には、どこか灰汁の強さがあり、独特の外連味が持ち味となっていた。その歌舞伎的な面白さを良しとする人々は、喝采を送ったが、ドイツ正統派の演奏を期待する人々は、やや首を傾げていただろう。しかし彼は、60歳を超えた頃から、一種の「落ち着き」を見せるようになった。極端なゲネラルパウゼ、テンポの伸縮は影を潜め、ストレートで「真っ当な」演奏が増えてきたのである。
それを「成熟」と呼ぶのは、簡単である。しかし実際には、様々な要因があるように思われる。最も大きな変化は、彼が現役の指揮者のなかで、最大の存在になったことである。アバドや小澤征爾、ハイティンクが逝去した後、彼より年長の巨匠たちは、メータ、ムーティ、バレンボイムが残るのみとなった。50代後半から80代までの指揮者で、ティーレマンが誰よりも風格を備えていることは、今や衆目が一致するところなのである。一流オーケストラが彼に向ける敬意、そして彼自身の自信が均衡し、今いい状態にある、とも言える。つまりティーレマンは、「押しも押されもせぬ」ポジションに、文字通り到達したのだ。
このような書き方をすると、彼が巨匠不在の時代に相対的に評価を上げた、と聞こえるかもしれない。しかし実際には、ティーレマンの音楽は確実に豊かさと密度を増している。実は彼は、筆者が現在「遠出してでも聴きたい」と思える、数少ない指揮者のひとりなのである(幸い彼は、ベルリン国立歌劇場のシェフに就任したので、地元で定期的に聴けるのだが)。とりわけワーグナー、R.シュトラウス等の演奏では、競合がいないとさえ言える。例えばベルリンで2023年に振った《ニーベルングの指環》は、バレンボイム以降において、最高の内容と完成度を示すものだった。同年のブルックナーの交響曲第7番も、ブレのまったくない、正統派の名演だったと思う。
この4月、ウィーンで行われたブラームスの交響曲ツィクルスの最終回も、同様の水準に達していたようだ。現地紙を読むと、「完璧なブラームス」「ファンタスティックで夢のよう」「啓示的演奏」といった言葉が躍っている。ある批評家は、今年のウィーン・フィルとの来日公演でも取り上げる交響曲第4番の演奏を次のように描写していた。「演奏は実に素晴らしかったが、そこで特筆すべきことは何だろう? 第1楽章で、楽友協会のホール内に降り注ぐ響きの比類なき豊かさ? 第2楽章における至福に満ちた弦のフレージング、そしてそのコントロールと流れの見事さ? 第3楽章での爆発的な感興と、グロテスクなまでの表現性? あるいは第4楽章における厳しくありながら情熱的で、あたたかさにも満ちた高揚感?」。これがウィーンにおいても最大級の賛辞であることは、言うまでもない。
日本では、今年生誕200年を迎えるヨハン・シュトラウスⅡ世のプログラム、そしてブルックナーの交響曲第5番も演奏されるが、ティーレマンを聴く、という点においては、やはり後者に注目すべきだろう。彼はコロナ期前からウィーン・フィルとブルックナーの交響曲全集を録音してきたが、ティーレマンにとってブルックナーは、ワーグナーとR.シュトラウスと並んで最も重要なレパートリーである。両者は、ブルックナー・イヤーだった昨年には、各地でツアーを行っており、日本公演はいわばその締めくくりに当たる。この作曲家を聴く上で、望みうる最高のコンビであるだけでなく、プログラムも、ファンの間で特に人気がある第5番である。となれば、聴き逃す手はないのではないか。
文:城所孝吉
(ぶらあぼ2025年6月号より)
【Information】
ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン 2025
2025.11/6(木)18:45 愛知県芸術劇場 コンサートホール 5/30(金)発売
問:中京テレビクリエイション052-588-4477 https://cte.jp/43cf/
2025.11/7(金)19:00 大阪/フェスティバルホール
問:フェスティバルホール06-6231-2221 https://www.festivalhall.jp
2025.11/8(土)15:00 アクリエひめじ 6/19(木)発売
問:姫路市文化国際交流財団 制作チーム079-289-1108 https://himeji-culture.jp
2025.11/10(月)19:00 横浜みなとみらいホール 5/24(土)発売
問:横浜みなとみらいホールチケットセンター045-682-2000
https://yokohama-minatomiraihall.jp
2025.11/11(火)19:00、11/12(水)19:00、11/15(土)16:00、11/16(日)16:00 サントリーホール 5/24(土)発売
問:サントリーホールチケットセンター0570-55-0017 suntoryhall.pia.jp
※公演によりプログラムは異なります。詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。
出演/クリスティアン・ティーレマン(指揮)、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
曲目/
[11/6、11/8、11/10、11/12]
シューマン:交響曲第3番 変ホ長調 op.97「ライン」
ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 op.98
[11/7、11/11、11/15]
ブルックナー:交響曲第5番 変ロ長調 WAB105(ノヴァーク版)
[11/16]
シューベルト:交響曲第7番 ロ短調 D759「未完成」
ヨハン・シュトラウスⅡ世:オペレッタ《ジプシー男爵》序曲、ワルツ「芸術家の生活」 op.316、喜歌劇《騎士パーズマーン》 op.441より「チャールダーシュ」 他