山根一仁が20代の最後の年、J.S.バッハに集中的に取り組んでいる。無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ全6曲、5月に彼のファーストアルバムとなる録音を行い、11月にはトッパンホールで全曲公演を開催する。
山根は20代でミュンヘン留学、クリストフ・ポッペンに師事したことで、「それまでに積み重ねたものを壊す」経験になったと振り返る。
「それまでバッハは重厚で確固たるもの、神々しいものを念頭に置いていましたが、ポッペン先生からは、自然界にある曲線のような、自然なものを大切にしなければいけない。一方で、曲が書かれた時期の文化、宗教、ダンスや教会音楽を踏まえ、バッハが想像していた音を探す努力もしないといけない。それらを探し求めながら自分の心に落とし込み、自由に音楽をする、ということを教わり、バッハ演奏の感覚が変わっていきました」
バッハ無伴奏6曲をまとめて弾くことは「大きな挑戦ですが、3時間ずっとは緊張し続けられず、場面によってはリラックスして曲に身をゆだねる楽しさもある」という。夏にインドネシアでバッハを弾いて早くも録音からの変化を感じたと語る山根は、その滞在時に現地のガムラン奏者たちと特別な経験ができたという。
「出会ったその場で彼らの演奏をすぐに覚えて加わりましたが、音楽そのものだけで人がつながり、垣根なく互いに歩み寄ってコミュニケーションをとる、本当の意味で“音楽に国境はない”と思えた初めての経験になりました。クラシック音楽の垣根をこえないと、もはやクラシック音楽家ではあり続けられないのかもしれません。“変わらないために変わる”というか、自分の理想や、大好きなクラシック以外のことも理解して、ボーダーなく同じ音楽として共有していくことを大切にしたい」
各曲についても熱心に語ってくれて、詳細の掲載はできないが、BWV番号順にト短調のソナタ第1番からホ長調のパルティータ第3番まで、綿密かつ大きなストーリーのイメージがあり、バッハについて「ヴァイオリンを知り尽くしていた人で、本当に難しいけど不可能ではない音ばかりなのが憎たらしいくらいです(笑)」と笑顔も浮かぶ。
「そのときにしか生まれない音楽があります。それを気楽に、というと語弊があるかもしれませんが、あまり固く考えず、ちょっとした時間を、バッハとそれを伝える媒体(演奏家)である私と一緒に過ごしていただければと思います」
不動の自分を貫くために、変化も厭わない。レコーディングから半年、“2024年秋の山根一仁のバッハ”をステージで刻み付ける。
取材・文:林 昌英
(ぶらあぼ2024年10月号より)
山根一仁
J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲演奏会
2024.11/4(月・休)14:00 トッパンホール
問:カジモト・イープラス050-3185-6728
https://www.kajimotomusic.com
『J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータ全曲/山根一仁』
キングレコード
KICC-1621/2(2枚組) ¥5500(税込)
9/25(水)発売