日本が世界に誇るディーヴァが語る《マノン》
INTERVIEW 中村恵理(ソプラノ)

中村恵理

 世界の名門歌劇場で活躍する中村恵理。今年5月には新国立劇場で、2年前に続き《椿姫》を歌い好評を博した。11月5日、初登場となる浜離宮朝日ホールでのリサイタルは、ベッリーニ、トスティ、そしてマスネ《マノン》とプッチーニ《マノン・レスコー》を中心に据える。

「マスネ《マノン》は傑作。ずっと歌いたかったオペラです。新国立劇場や英国ロイヤル・オペラの研修所などで部分的に歌い、欧州では「絶対マノンをやるべき」と言われてきましたが、舞台で全曲を歌う機会にめぐまれませんでした。最近《椿姫》や《蝶々夫人》など思いがけず大きな役をいただけるようになり、だからこそマノンにもう一度向き合いたいと思います。(《マノン》と原作が同じ)プッチーニ《マノン・レスコー》は自分のレパートリーの範囲内に入ってきたように思い、今回、初挑戦します」

 マノンといえば男性にとって最も蠱惑的な女性像のひとつ。今回予定されている二重唱は、自分が捨てた恋人デ・グリューを誘惑する場面だ。マノンは男を破滅させるファム・ファタールなのか?

「男性から見るとファム・ファタールかもしれませんが、マノンは狙って惑わせているわけではない。若さゆえの無垢な官能性なのだと思います。《椿姫》のヴィオレッタは二十歳を過ぎているし彼女は男性を誘惑することが仕事。でもマノンは自分の欲望に忠実な十代の女の子。素直で危ういのです。それが男性にはなんともいえない官能性にみえてしまう」

 デ・グリュー役にはテノールの工藤和真がゲスト出演する。

「工藤さんはプッチーニ作品などの大きな役を既に歌われていますが、声に色がある方。この《マノン》などのちょっと危うさのある若い役も素晴らしいのです」

工藤和真 (c)FUKAYA auraY2
木下志寿子

 ピアノは中村がこれまでもリサイタルで共演を重ねている木下志寿子。

「木下さんは歌に必ず合わせてくれる。何があっても絶対に大丈夫と思える方です。リサイタルはピアニストにかかっているのでありがたい存在です」

 最近、英国でヴェルディ《シモン・ボッカネグラ》初演版の世界初スタジオ録音に急な代役として参加。その後の演奏会でも絶賛を博した。だが、今後ソロアルバムなどを録音する気はないという。

「目指している芸術がもしあるとするなら、消えていっていいもの。私の声は未だ粗があったり傷もついていたりするけれど、その瞬間に何かが伝わればそれで良いのです。音楽はもともとそういうものだと思うので」

 中村の歌の魅力が心に残るリサイタルになりそうだ。

取材・文:井内美香

【Information】
中村恵理 ソプラノリサイタル

2024.11/5(火)19:00 浜離宮朝日ホール

出演
中村恵理(ソプラノ)
木下志寿子(ピアノ)
工藤和真(テノール)

プログラム
ベッリーニ:6つのアリエッタ
トスティ:暁は光から
マスネ:歌劇《マノン》より
     第2幕「さようなら、私たちの小さなテーブルよ」
     第3幕 サン・シュルピス神学校の2重唱「君、いや貴女なのか!」(テノール客演:工藤和真)
プッチーニ:歌劇《つばめ》より「ドレッタの美しい夢」
プッチーニ:歌劇《マノン・レスコー》より「一人捨てられて」 ほか

問:朝日ホール・チケットセンター03-3267-9990
https://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/event/2024/11/event2754.html