ドイツの名楽団が旬の実力者たちと極め付きの演目を奏でる
南ドイツを代表する名門、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団が、今秋6年ぶりに来日する。指揮は現代屈指の名匠トゥガン・ソヒエフ、ソリストはピアノの小林愛実。今回はアジア・ツアーの一環で、日本公演は東京2回のみだけに、貴重な機会となる。
1893年に創設されたミュンヘン・フィルは、マーラーが自ら交響曲第4番、8番を世界初演し、ブルックナーの弟子レーヴェが音楽監督として師の作品を積極的に取り上げるなど、早期から名声を獲得。そして1979年〜96年の音楽総監督チェリビダッケが黄金時代を形成した。このほか、ケンペ、レヴァイン、ティーレマン、マゼール、ゲルギエフらがシェフを務め、名門の地位を確立している。
ミュンヘン・フィルといえば、レーヴェ以来の伝統であるブルックナー。交響曲第9番の原典版を初演したハウゼッガーやカバスタ等の指揮者が継承し、チェリビダッケが大伽藍の如き凄演を展開して、他を圧倒する存在となった。
ソヒエフは、トゥールーズ・キャピトル国立管、ベルリン・ドイツ響、ボリショイ歌劇場の音楽監督や首席指揮者を務めた、ロシア出身の実力者。中でもトゥールーズ・キャピトル国立管における色彩的かつ生気に満ちた音楽で強いインパクトを与えた。ウクライナ戦争を機に全ポストを辞任したが、その後もウィーン&ベルリン・フィル等の著名楽団や歌劇場で引く手数多の活躍。昨秋のウィーン・フィル来日公演の代役指揮で絶賛され、常連となったN響で快演を続けるなど、近年の日本でも才腕を発揮している。
今回のプログラムの1つはソヒエフお得意のロシアもの。《エフゲニー・オネーギン》の「ポロネーズ」で華麗に開幕し、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」では、小林愛実が名技を披露する。小林は、少女時代から頭角を現しながら、着実に研鑽を重ね、2021年のショパン・コンクール第4位受賞でさらに飛躍した稀有のピアニスト。“大人の音楽”を聴かせるようになった彼女が、出産という重大事を経た今、強力なサポートを得て奏でるソロも期待度が高い。
そしてトゥールーズ・キャピトル国立管やN響で色鮮やかに躍動する名演を残しているソヒエフの十八番「シェエラザード」。今度はドイツの名楽団でいかなる表現がなされるか? 実に楽しみだ。また同曲では、22年にコンサートマスターに就任した青木尚佳が弾く艶美なヴァイオリン・ソロにも熱視線が注がれる。
もう1つはブルックナーの交響曲第8番。こちらはクナッパーツブッシュの名盤やチェリビダッケの名演をはじめとするミュンヘン・フィルの自家薬籠中の演目だ。だが、ソヒエフもここ数年じっくりと勉強を進め、実演でも成果を残しつつあるし、マゼールやゲルギエフも楽団の伝統を生かしながら個性的で新鮮なブルックナーを聴かせてきた。それゆえ、ソヒエフの緻密な構築と劇的な表現が楽団の持ち味を活性化するこの第8番は、作曲者生誕200年記念イヤーの大きなハイライトとなる。
生彩に富んだ指揮、南ドイツならではのブリリアントかつ重層的なサウンド、日本人ソリストの妙技、演奏者たちの美点が生きる演目……とあらゆる魅力が揃った本公演を、聴き逃してはならない。
文:柴田克彦
(ぶらあぼ2024年8月号より)
2024.11/7(木)、11/8(金)各日19:00 サントリーホール
問:カジモト・イープラス050-3185-6728
https://www.kajimotomusic.com
※公演によりプログラムは異なります。詳細は上記ウェブサイトでご確認ください。