バッハ、ピアソラ、チャイコフスキー、傑作3つで味わい尽くす音楽とダンスの輝やかしい昇華!〜新国立劇場バレエ団《バレエ・コフレ2026》

《ファイヴ・タンゴ》 ©Satoshi Yasuda

バレエの凄さが、深くきらめく。
ピアソラを踊る『ファイヴ・タンゴ』、バランシンのシンフォニック・バレエ、バッハに振り付けられたネオ・クラシック‥‥
傑作3つで味わい尽くす、音楽とダンスの輝やかしい昇華!

取材・文:山野雄大

 この2月、新国立劇場バレエ団が上演する三本立ての傑作選「バレエ・コフレ 2026」は、〈宝石箱〉を意味する〈コフレ〉の名にもふさわしく、三作それぞれ異なるきらめきを魅せる公演だ。

 この公演は、バレエの古典美を瑞々しく磨き直した、20世紀バレエの傑作『テーマとヴァリエーション』をはじめ、踊る喜びを放出するような『A Million Kisses to my Skin』と、さまざまな魅力をあわせて愉しめる美味しいひとときだ。今回が新国立劇場バレエ団にとって初上演の名作『ファイヴ・タンゴ』は、タンゴの巨匠アストル・ピアソラの斬新な傑作たちに振り付けられたもの。──バレエとタンゴの見事なハイブリッドを魅せるこの傑作は、バレエを初めてご覧になるかたもぐっと惹きつけるだろうし、ピアソラ作品の奥に潜むものが身体表現へ明かされてゆく、その(神秘的であり、人の機微に深く触れる)瞬間を、音楽ファンにもぜひ味わっていただきたい。

『テーマとヴァリエーション』 ©Takashi Shikama

◆眩しさが舞台に溢れる──クラシック音楽に振り付けられた傑作たち

 これぞバレエの華やかさ‥‥と初めてのかたも感嘆に息を呑む傑作『テーマとヴァリエーション』は、新国立劇場バレエ団も上演を重ねてきた十八番。20世紀を代表する振付家バランシンが、彼の愛してやまないチャイコフスキーの音楽に、帝政時代の輝かしいロシア・バレエへの懐古と敬意、深い憧れをこめて振り付けた〈シンフォニック・バレエ〉の傑作だ(1947年初演)。東京交響楽団(冨田実里指揮)の生き生きとした演奏を得て華ひらく。バレエを愛するすべてのかたにお勧めしたい逸品だ。

 併せて、デヴィッド・ドウソンがバッハの音楽に振り付けた『A Milllion Kisses to my Skin』(2000年初演/新国立劇場バレエ団では2023年に初演)も披露される。ネオ・クラシック・スタイルの本作こそ、バランシンの先へ新たな道を拓く(そして、観る私たちにも、感情の新しい扉をひらく)刺激的な時間となるだろう。

『A Million Kisses to my Skin』 ©Takashi Shikama

◆タンゴとバレエ──甘く暗い衝動を踊る『ファイヴ・タンゴ』

 いっぽう、今回が新国立劇場バレエ団初演となる『ファイヴ・タンゴ』(1977年初演)は、まったく異なる魅力が強く妖しく匂い立つ〈大人のバレエ〉だ。

 これは、アルゼンチンのタンゴ音楽に革命をもたらした作曲家、アストル・ピアソラの音楽に振り付けた作品。こちらは、作曲家自身もバンドネオンを弾いて演奏に参加した(絶妙なリズム感も生々しい!)名録音群に合わせてのダンスだけに、ピアソラの魂とダンサーたちの生きた表現とが、時空を超えてぶつかり合うような昂揚が生まれるだろう。

 タンゴにも様々な魅力があるなかで、この名作『ファイヴ・タンゴ』に選ばれた音楽はどれも、心を深くかきたて続けるリズムの中に激しい衝動を秘めたような、妖しい魅力に満ちたものだ。
 古き良き感傷的なタンゴの遥か先へ――ジャズやクラシックの要素も自在に採り込んだピアソラのタンゴは、強烈なビート感と切れ味も鋭いサウンドに、しかし甘やかで暗い詩情も溶けきったメロディが艶ふかく流れ続ける、唯一無二の個性を響かせる音楽ばかりだ。

『ファイヴ・タンゴ』リハーサルより小野絢子(中央)©Yoshitomo Okuda

 そんなピアソラの強烈な個性には、〈合わせて踊る〉程度のダンスなどはじき飛ばされてしまうだろう。‥‥しかし、オランダの生んだ世界的振付家、ハンス・ファン・マーネンが創った『ファイヴ・タンゴ』は、タンゴとバレエの要素を大胆に溶けあわせることで、ピアソラの魅力を強靱な(しかしどこまでもしなやかな!)身体表現へと開ききることに成功し、世界中で再演が繰り返され続けている。
 この振付の見事な錬金術に、新国立劇場バレエ団の鍛え抜かれたダンサーたちが、今回初めて挑むわけだ。
 

◆ピアソラの革命的タンゴから、バレエが深く引き出すもの

 ファン・マーネンの振付は、古典やコンテンポラリー(現代)バレエの多彩なテクニックを細やかに採り込んで、誰の目にも美しく観やすいものでありながら、どの瞬間にも新しい閃きが隠されている。
 今回の『ファイヴ・タンゴ』も、タンゴのリズムにバレエの表現が触発されて、新しい美をひらく‥‥その瞬間ごとに呼吸の色も変わるような、振付の起伏も見事な作品だ。

 ソロやペア、群舞‥‥と男女ダンサー陣のアンサンブルが様々な組み合わせでピアソラの音楽を生きる。──冒頭、「トード・ブエノスアイレス」の斬り裂くような尖鋭的なサウンドに応じて、ダンサーたちの俊敏な動きにもぞくっとするような色気が溢れ出すかと思えば、続く第2曲「死」では、ゆっくりとテンポを落として時が刻まれるなか、男性アンサンブルに囲まれた女性ソロのダンスが(音楽から声はきこえないけれど)低く息ながく歌う声の陰翳をも思わせる。

『ファイヴ・タンゴ』リハーサルより小野絢子と福岡雄大 ©Yoshitomo Okuda

 一転、激しい変拍子(4+3拍子)で狂おしく疾走する名曲「悪魔をやっつけろ」に合わせて踊られる男性ソロでは、溢れるように続く凄まじいテクニックの炸裂(と色気の奔流!)が喝采を呼ぶだろう。
 さらに、ゆっくり涙を流すような「天使の復活」では、緩急の組み合わせも自在な音楽に合わせて、男女各種のペアがしっとりとした時間に大きな翼を広げてゆくようで、圧巻。
 そして最後の「ブエノスアイレス午前零時」──暗いしじまへ静かに、しかし鋭く歩み入る音楽に合わせて、ダンサーたちのダークな妖艶美は徐々にクライマックスへ!‥‥その美しくも深い緊張感を、新国立劇場バレエ団の優れたダンサーたちが全身で歌う。
 

◆奥田花純&井澤駿が語る『ファイヴ・タンゴ』の深い〈見どころ〉

 今回、この『ファイヴ・タンゴ』ではリードのデュオが3キャスト組まれているなかで、2月7日のマチネ公演で主演する奥田花純&井澤駿の二人にお話を伺った。

小野絢子&福岡雄大(2月5日, 7日 18:00出演)、木村優里、渡邊峻郁(2月6日, 8日出演)、奥田花純、井澤駿(2月7日 13:30出演)

 本作が古典バレエと大きく異なるのは「ふだんは身体を引き上げて踊るのですが、この作品では[重心を]重めに取りながら、音をゆっくりとりながら歩いたりと、動きの〈あいだ〉も魅せながら表現するんです」と奥田は言う。「動きもカウントで取れないところが多くあって、音楽のメロディを身体で表現するように踊ったり‥‥」という、音楽と振付の自在で繊細なつながりも魅力的だ。

 井澤も「バレエは足の先をメインに表現するんですけれど、振付指導のティアリーさんは『この作品では上半身をより魅せてほしい』と仰っていました」というあたりも、愉しむコツになるだろうか。
「物語はなくても、ひとつひとつの場面に意味があるらしくて‥‥たとえば男性同士のシーンでも、パ・ド・ドゥのような感情にも似たものがあったり、そうしたお互いの感情が場面ごとに変わってゆく」と井澤。ダンスのなかに浮かびあがる感情の揺らめきに、想像力を広げてみたい。

 異なるきらめきを魅せる3つのバレエ──劇場に満ちてゆく歓びと輝きを、ぜひ実際に体感していただきたい。

『ファイヴ・タンゴ』リハーサルより奥田花純、井澤 駿
©Yoshitomo Okuda

Information

新国立劇場バレエ団
バレエ・コフレ 2026
A Million Kisses to my Skin/ファイヴ・タンゴ<新制作>/テーマとヴァリエーション

2026.2/5(木)19:00、2/6(金)19:00、2/7(土)13:30、2/7(土)18:00、2/8日(日)14:00
新国立劇場 オペラパレス

『A Million Kisses to my Skin』
振付:デヴィッド・ドウソン
音楽:ヨハン・ゼバスティアン・バッハ

『ファイヴ・タンゴ』
振付:ハンス・ファン・マーネン
音楽:アストル・ピアソラ
出演:小野絢子、福岡雄大(2月5日, 7日 18:00)
   木村優里、渡邊峻郁(2月6日, 8日)
   奥田花純、井澤駿 (2月7日 13:30)
*『ファイヴ・タンゴ』は録音音源により上演します。

『テーマとヴァリエーション』
振付:ジョージ・バランシン
音楽:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
出演:米沢唯、速水渉悟(2月5日, 7日 13:30, 8日)
   柴山紗帆、李明賢(2月6日, 7日 18:00)

舞踊芸術監督:吉田都

指揮:冨田実里
管弦楽:東京交響楽団

問:新国立劇場ボックスオフィス03-5352-9999
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