毎年素晴らしい歌手とピアニストを、東京文化会館小ホールという親密な空間で聴かせてくれる東京春祭の「歌曲シリーズ」。今年も充実のラインナップを4つの切り口から紹介しよう。
その1:斬新なプログラミングが光る!
東京春祭の歌曲リサイタルでは、2022年のエギルス・シリンス、昨年のトマシュ・コニエチェニーなど、なかなか他では聴けない珍しい曲で丁寧に編まれた演奏会がしばしば登場する。今年は3月28日にハルサイおなじみのアドリアン・エレート(バリトン)& クリストフ・トラクスラー(ピアノ)による、作曲家たちが「死」と人生に思いを巡らせる曲を集めたプログラムに期待がふくらむ。シューベルト〈流れの上で〉ではチェロ・加藤陽子も共演。ホロコーストから逃れて英国で作曲を続けたエゴン・ヴェレスの歌曲集「時に」、ブラームス晩年の「4つの厳粛な歌」を経て、クルト・ヴァイルの《三文オペラ》からの2曲と「セーヌ哀歌」ほか、アパルトヘイト下の南アフリカを舞台にした音楽劇《ロスト・イン・ザ・スターズ》の表題曲も。エレートだから歌える、音楽の幅は広くテーマは深いプログラムだ。

右:クリストフ・トラクスラー ©Andrej Grilc
4月10日にはデイヴィッド・バット・フィリップ(テノール)が母国イギリスの大作曲家二人のレアな名曲を紹介。没後50年のブリテン作品からは「ジョン・ダンの神聖なソネット」を。ヴォーン・ウィリアムズ「命の家」はあのラファエル前派の画家ダンテ・ガブリエル・ロセッティの詩というところも興味深い。華やかなピアノパートはジェイムズ・ベイリュー(ピアノ)の聴かせどころ。「グリーンスリーヴス」による幻想曲など有名曲を集めた4月5日の「ザ・ヴォーン・ウィリアムズ」、中嶋俊晴、福川伸陽、北村朋幹ら名手による6日のブリテン「《カンティクル》―没後50年に寄せて」とも併せて、イギリス音楽の魅力にひたってみてほしい。
バット・フィリップの演奏会ではまた、アルマ・マーラーのドラマティックな歌曲にもぜひご注目いただきたい。

右:ジェイムズ・ベイリュー ©David Ruano
その2:王道、シューベルトの「白鳥の歌」を聴き比べ
もちろん、シューベルトを聴きたい方にも素晴らしい選択肢が並ぶ。4月7日はクリストフ・プレガルディエン(テノール)& 渡邊順生(フォルテピアノ)。プレガルディエンは30年前の名盤『冬の旅』で、アンドレアス・シュタイアーと共に、フォルテピアノと声だからこそ生まれる音楽を聴かせてくれた。今回は歌曲集「白鳥の歌」ほかを、チェンバロ、クラヴィコード、フォルテピアノと多様な鍵盤楽器で音楽を追求してきた渡邊と、常にピアニストの音と交響し、フレッシュな解釈を聴かせてくれるプレガルティエンの組み合わせがどんな世界を生み出してくれるかが楽しみだ。

右:渡邊順生
4月14日は今もっとも脂ののっているバリトンのひとり、アンドレ・シュエン(バリトン)が、共に「冬の旅」「美しき水車小屋の娘」「白鳥の歌」を録音してきた盟友ダニエル・ハイデ(ピアノ)とやってくる。本当に待望の来日! ウィーン国立歌劇場やザルツブルク音楽祭などでのモーツァルトのオペラの諸役で大成功を収め、各地でひっぱりだこである中、彼はシューベルト三大歌曲集を録音するくらい歌曲にも力を入れている。やわらかな愛からゆらめく情熱、黒い狂気の淵までの振り幅の大きさ! いまシューベルトの闇を覗きたいならこの人をぜひおすすめしたい。

その3:いまをときめくワーグナー歌手たちの「ヴェーゼンドンク歌曲集」
バット・フィリップは先日のウィーン国立歌劇場《フィデリオ》ストリーミングでも輝かしい声を聴かせてくれた。歌手がこうして年々充実していく時期の歌を実際に聴けるのは幸運だ。いまや世界各地のローエングリンやシュトゥルツィング(《マイスタージンガー》)として活躍している彼の今回のリサイタルのプログラムに、《トリスタンとイゾルデ》に縁の深い歌曲集「ヴェーゼンドンク歌曲集」が入っているのを見ると、「近い将来」を占うためにも聴きたくなってしまう。
これに先立ち3月27日には、現在のバイロイトのイゾルデとして名唱を聴かせているカミラ・ニールンド(ソプラノ)もヨプスト・シュナイデラート(ピアノ)と共に「ヴェーゼンドンク歌曲集」を歌う。男女の声での色合いの違いほか、この曲を多角的にじっくり味わうチャンスとなるだろう。

右:ヨプスト・シュナイデラート
その4:歌手たちが母語で歌う公演に注目!
歌手たちが、生まれてからずっと使ってきた母国の言葉で歌う時、その表現はしみじみと格別なものになる。今回なら、ニールンドという名手がフィンランド語でシベリウスの歌曲を歌う、これらの曲と初めて出会うならこれ以上の好機はないだろう。「英語」もまた意外とクリアかつ表現力豊かに歌える歌手が少ない言葉。その意味でもバット・フィリップのイギリス歌曲はおすすめだ。
そして忘れてはならないのだが、このハルサイで聴ける歌曲公演の中には、日本語の歌を大切に歌ってきたカウンターテナー藤木大地の《にほんの歌》シリーズもあるのだ。3月21日 vol.2は松田華音、4月15日 vol.3は實川風というピアニストたちとの共演も魅力的。山田耕筰、別宮貞雄、三善晃、林光、木下牧子らが書いてきた、それぞれに個性ゆたかな「日本のリート」とあらためて出会い直すには絶好の機会となるだろう。

文:森岡実穂
東京・春・音楽祭2026【ライブ配信あり】
東京春祭 歌曲シリーズ
●出演
ソプラノ:カミラ・ニールンド
ピアノ:ヨプスト・シュナイデラート
●曲目
ワーグナー:「ヴェーゼンドンク歌曲集」
シベリウス:夕べに op.17-6、海辺のバルコニーで op.38-2、日の出 op.37-3、3月の雪の上のダイヤモンド op.36-6、そよげ葦 op.36-4、逢引きからもどった娘 op.37-5、黒いばら op.36-1
ドヴォルザーク:「ジプシーの歌」op.55
R.シュトラウス:悲しみへの賛歌 op.15-3、夜 op.10-3、ダリア op.10-4、万霊節 op.10-8、誰がしたの、二人の秘密をなぜ隠すのか op.19-4
●料金(税込)
¥8,500(全席指定)
¥2,000(U-25)
●出演
バリトン:アドリアン・エレート
ピアノ:クリストフ・トラクスラー
チェロ:加藤陽子*
●曲目
シューベルト:さすらい人の月に寄せる歌 D870、ヴィルデマンの丘をこえて D884、流れの上で D943*
ヴェレス:海の月夜、「異郷からの歌」op.15より〈神秘的な笛〉〈さみしい〉、「時に」op.63
ブラームス:「4つの厳粛な歌」op.121
K.ヴァイル:《ロスト・イン・ザ・スターズ》より〈ロスト・イン・ザ・スターズ〉、《三文オペラ》より〈快適な生活のバラード〉〈人間は何によって生きるか〉、セーヌ哀歌、《ニッカーボッカー・ホリデイ》より〈セプテンバー・ソング〉
●料金(税込)
¥8,000(全席指定)
¥2,000(U-25)
●出演
テノール:クリストフ・プレガルディエン
フォルテピアノ:渡邊順生
●曲目
シューベルト:
憂い D772、
「白鳥の歌」D957より〈別れ〉〈セレナード〉〈愛の便り〉
秋 D945
「白鳥の歌」D957 より〈遠い国で〉〈わが宿〉〈戦士の予感〉
それらがここにいたことは D775
「白鳥の歌」D957 より〈春のあこがれ〉
春に D882
わが心に D860
深い悩み D876
ヴィルデマンの丘をこえて D884
「白鳥の歌」D957 より〈漁夫の娘〉〈海辺で〉〈都会〉〈影法師〉〈彼女の絵姿〉〈アトラス〉
●料金(税込)
¥8,000(全席指定)
¥2,000(U-25)
●出演
テノール:デイヴィッド・バット・フィリップ
ピアノ:ジェイムズ・ベイリュー
●曲目
ヴォーン・ウィリアムズ:「命の家」
A.マーラー:「5つの歌」より〈賛歌〉〈恍惚〉〈見分ける〉
ワーグナー:「ヴェーゼンドンク歌曲集」
ブリテン:「ジョン・ダンの神聖なソネット」op.35
●料金(税込)
¥7,500(全席指定)
¥2,000(U-25)
●出演
バリトン:アンドレ・シュエン
ピアノ:ダニエル・ハイデ
●曲目
シューベルト:
マイアホーファーの詩による5つの歌
冥府への旅 D526、夕べの星 D806、ドナウの川の上で D553、双子座に寄せる船乗りの歌 D360、舟人 D536
ハイネの詩による6つの歌(「白鳥の歌」D957より)
漁師の娘、海辺で、都会、影法師、彼女の絵姿、アトラス
様々な詩人による歌
鳩の便り D965a(ザイドル)、窓辺で D878(ザイドル)、君こそわが憩い D776(リュッケルト)、それらがここにいたことは D775(リュッケルト)、ミューズの息子 D764(ゲーテ)、
春に D882(シュルツェ)、ブルックの丘にて D853(シュルツェ)、星 D939(ライトナー)、さすらい人 D649(シュレーゲル)、夕映えの中で D799(ラッペ)
●料金(税込)
¥7,500(全席指定)
¥2,000(U-25)
藤木大地の《にほんの歌》
●出演
カウンターテナー:藤木大地
ピアノ:松田華音
●曲目
石渡日出夫:汚れつちまつた悲しみに……(中原中也・作詞)
別宮貞雄:「淡彩抄」(大木惇夫・作詞)
木下牧子:「三好達治の詩による二つの歌」(三好達治・作詞)
●料金(税込)
¥4,000(全席指定)
¥2,000(U-25)
●出演
カウンターテナー:藤木大地
ピアノ:實川風
●曲目
山田耕筰:「AIYANの歌」(北原白秋・作詞)
橋本國彦:お六娘(林柳波・作詞)
三善晃:「四つの秋の歌」(高田敏子・作詞)
林光:「四つの夕暮の歌」(谷川俊太郎・作詞)
●料金(税込)
¥4,000(全席指定)
¥2,000(U-25)
【来場チケットご購入はこちら】
●東京・春・音楽祭オンライン・チケットサービス(web)要会員登録(無料)
●東京文化会館チケットサービス(電話・窓口)
TEL:03-5685-0650(オペレーター)
●チケットぴあ(web)
【お問い合わせ】
東京・春・音楽祭サポートデスク050-3496-0202
営業時間:月・水・金、チケット発売日(10:00~14:00)
※音楽祭開催期間中は、土・日・祝日も含め全日営業
※サポートデスクではチケットのご予約は承りません。公演に関するお問合せにお答えいたします。

森岡実穂 Miho Morioka
中央大学経済学部教授。専門分野:オペラ演出批評、ジェンダー批評。著書に『オペラハウスから世界を見る』(2013年)、論文に、「オペラを通して「アフリカ」に出会う——現代の上演の現場から」(2023年)など。編著『劇場と表象—オペラ・演劇・映画と批評—』(中央大学出版部)が2026年3月末に刊行予定。季刊『中央評論』(中央大学出版部)で「今日も劇場へ?」を連載中。
ブログ「今日も劇場へ? 森岡実穂・劇場通いの記録」https://operaandarts.seesaa.net/

