不安な時代に生まれた華麗な曲たち
白石光隆のピアノとの息が合った演奏と共に、こだわりのプログラムに込められたテーマも楽しみな、ヴァイオリニストの吉田恭子による紀尾井ホール・リサイタル。第15回目となる今回はヴァイオリン・レパートリーの王道ともいうべきベートーヴェンの「スプリング・ソナタ」が登場する。
「毎回欠かさず聴きに来て下さるファンの方からも、どうして演奏しないの? って長年言われ続けていて、前回のリサイタルが終わった時から、何となく次回はスプリング・ソナタをプログラミングしよう! と思っておりました。愛称通りの春のような喜びと希望、生命力に溢れた曲想ですが、この曲があの『ハイリゲンシュタットの遺書』を記して自殺を考えていた1年前に書かれた作品と考えると、ベートーヴェンの複雑な心のうち、人間の悲しみと喜びは表裏一体といったような、さまざまなことを感じます」
プログラムの前半は、モーツァルトがマンハイム時代に書いたヴァイオリン・ソナタ第27番からスタート。
「ヴァイオリニストにとって手ごわいC-Dur(ハ長調)で書かれたこの曲は、ゆるやかなテンポでまるで天使が降りてくるような美しい主題と、テンポが早くしかも暗い雰囲気の悪魔的な主題とが交互に現れ、不吉な匂いのする異色作。ちょうどアロイジアとの恋愛を父レオポルドに猛反対されていた頃で、その心境が反映されているのかもしれません。次の『スプリング・ソナタ』ともうまく繋がり、この2曲から、不安な時代の苦悩から生まれた華麗な曲たちという今回のテーマが浮かんできたんです。先の見えない今の日本からテニスの錦織圭さんやスケートの羽生結弦さんのような凄い才能が生まれていることとも、どこか通じるものがあって」
後半は、彼女の師である、巨匠アーロン・ロザンドも愛するロシア系の作品で固めたプログラムを披露する。
「プロコフィエフの組曲『ロミオとジュリエット』は長年の亡命生活から帰国した後の作品であり、物語の結末で待つ死のテーマが、楽譜に最初から見え隠れしているものの、リリカルな旋律が万華鏡のように展開するバレエの華やかな舞台を凝縮したような世界。管弦楽組曲に比べると演奏機会は少ないけれど、有名な旋律も出てきて聴きやすいと思います。そして苦悩の作曲家といえばチャイコフスキー。ワルツ・スケルツォも不幸な結婚生活から自殺を図った人が書いたとは到底思えない軽やかな曲。冒頭のモーツァルトと同じC-Durで書かれたこの曲を最後に配し、その前にチャイコフスキーを称えるラフマニノフによる珍しいヴァイオリンのためのオリジナル曲である『ロマンス』を持ってきました。どれも重いものを内に秘めた曲ばかりですが、世阿弥の“動十分心、動七分身”を心掛けて演奏したいですね」
取材・文:東端哲也
(ぶらあぼ + Danza inside 2015年2月号から)
3/6(金)19:00 紀尾井ホール
問:ムジカキアラ03-5739-1739
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