コントラバスの限界、そして自身の限界を超えて

第3回 無伴奏の世界 幣隆太朗

取材・文:林昌英

 コントラバス。最低音で合奏を支える役割が主で、協奏曲や独奏曲はもちろんあるものの、楽器自体がもつ特徴として、ほのかに醸し出される“不器用感”が味わいともなってきた。例えばマーラー「巨人」第3楽章のソロのように。しかし、多くの名手の登場でその認識は変わりつつあり、この7月に決定的に改まることになるだろう。

 SWR交響楽団(旧シュトゥットガルト放送響)のコントラバス奏者で、「ルートヴィヒ・チェンバー・プレイヤーズ」ほか多くのアンサンブルで支え役かつエンジン役まで担い、日本帰国時にはサイトウ・キネン・オーケストラの常連メンバーとして呼ばれ続ける。あらゆる観点から、日本を代表するコントラバス奏者というにふさわしい存在が、幣隆太朗である。7月には「第3回 無伴奏の世界」に出演し、無伴奏リサイタルに挑む。彼が現在の境地を示すことは、コントラバスという楽器の境地も示されることにほかならない。

—— 無伴奏リサイタルは初めてですか?

もちろん初めてです。このタイミングで機会をいただけて、本当にうれしいです。すばらしいホールでの演奏、しかもコントラバス一本だけというビッグチャレンジ。裸で舞台に立つような気持ちで、自分をさらけ出し、良し悪しも全部自分の責任ということに震える思いですし、やってやるぞと意欲もみなぎっています。

—— 今回は9曲のプログラムですが、メインにはバッハを、と強い思いがあるそうですね。

バッハの無伴奏チェロ組曲は憧れの曲という以上に、神様の最高の楽曲だと思います。人前で弾くのはおこがましいとも思いましたが、せっかくチャンスを頂き、東京文化会館小ホールの響きはバッハにも合いそうですし、これはもうやるしかない!と組曲第1番を選びました。いまはこの曲を演奏する恐怖と闘いながら毎日を過ごしていますが、できる限りのことをやって当日を迎えたいと思います。

—— 5度調弦のチェロに対して、4度調弦のコントラバスでバッハをやる困難は?移調して演奏されることも多いですね。

今回は移調せず、原調のト長調でやります。4度調弦で弾くと難易度が全く違ってきますが、あの人苦しそうに弾いて頑張ってるね、と思われるわけにはいかないので、納得できるところまで、丁寧に一つずつ克服しているところです。徹底的にコントラバスで研究して、ある程度チェロとは違う美しさを見つけて紹介できるところまで行きたいと思います。

—— 前半の8曲は、すべて20世紀から現代の多彩なオリジナル小品ですね。まず4つの邦人作品が目を引きます。

西田由美子さんの「転生」は何度も演奏してきて、CDにも収録しました。コントラバスならではの特殊奏法と歌い回しがミックスされた、いい作品です。細川俊夫さんの「唄(ばい)」は、日本が誇る名作曲家の曲をぜひ、ということで今回初挑戦します。一柳慧さんは、神戸出身という共通点もあってシンパシーを抱いていて、「空間の生成」は神戸でも演奏した作品です。平川加恵さんの「さくらさくら変奏曲」は、元はヴァイオリン用ですが、聴いてすぐにかっこいい!と惚れ込み、コントラバス版を平川さんにお願いしたら、快く引き受けていただいて。本当に気に入っています。

20年以上ドイツにいますが、滞在が長くなるほど日本を思う心が強くなります。この4人の作曲家も、海外に留学経験や拠点がある方もいますが、どの曲からも日本の心を持ちながら作曲していると感じられて、練習していても日本人として幸福感を感じます。これからも日本の曲を弾いていきたいです。

—— 他の4曲はヨーロッパ4か国の作曲家の作品。

フィンランドのハウタ=アホはコントラバス奏者でもあり、「カデンツァ」は彼自身が弾くのを聴いたことがありますが、信じられないような美しさで衝撃を受けました。スイスのツビンデンの「バッハに捧ぐ」は、“BACH”の音名モチーフが何十回と現れますが、展開がうまく飽きさせません。ブルガリアの巨匠タバコフの「動機」は、ブルガリアの民族楽器で演奏しているような、面白くてかっこいい曲。ラトビアのヴァスクスの「バス・トリップ」は、メロディックでどこか運命的でもある。超絶技巧が求められる楽曲ですが、最後はかなり面白いことになりますよ!

—— 変化に富んだ8曲に、さらにバッハで締めるプログラム。大変な覚悟と使命感が伝わります。

自分の限界を突破するという意味でも、本当にすばらしい機会をいただいたと思っています。コントラバスの限界、そして自分の限界を超えようともがき苦しむことが、必ず将来に生きるに違いありません。今まで自分が得てきたもの、酸いも甘いもすべての経験を動員して作り上げたいと思っています。

コントラバスの無伴奏はまだまだ珍しいですが、僕がそういう演奏を実現することによって、若い人が将来やりたいと感じてくれれば、コントラバス界にとって良いことになるし、自分にとってもこの上なく嬉しいことです。

第3回 無伴奏の世界 幣隆太朗
2024.7/6(土)14:00 東京文化会館(小)

出演
幣隆太朗(コントラバス)

曲目
西田由美子/転生
細川俊夫/唄(ばい)
一柳慧/空間の生成
平川加恵/さくらさくら変奏曲 ※コントラバス版 世界初演
テッポ・ハウタ=アホ/カデンツァ
ジュリアン・ツビンデン/バッハに捧ぐ
エミール・タバコフ/コントラバスの動機
ペトリス・ヴァスクス/バス・トリップ
ヨハン・セバスチャン・バッハ/無伴奏チェロ組曲 第1番 ト長調 BWV1007(コントラバス独奏)
※曲順未定

問:ミリオンコンサート協会 03-3501-5638
http://www.millionconcert.co.jp