鈴木秀美指揮&中村蓉演出で贈るバロック・オペラ第2弾
ヘンデル最後のオペラ《デイダミーア》が新制作上演

 東京二期会の「二期会ニューウェーブ・オペラ劇場」は、3年に一度、新進歌手を中心に、バロック・オペラを上演するシリーズだ。5月25日、26日に上演されるヘンデル《デイダミーア》のゲネプロ(最終舞台稽古)が報道陣に公開された。指揮は鈴木秀美、演出はコンテンポラリー・ダンスの中村蓉。

2024.5/23 めぐろパーシモンホール 大ホール
取材・文:宮本明 写真:寺司正彦 提供:東京二期会

中央:栗本 萌(アキッレ)
中央左:河向来実(ネレーア) 中央右:七澤結(デイダミーア)

 「こんなオペラ全然知らなかった」という人も安心していいと思う。今世紀に入って、録音や映像が数点リリースされているものの、指揮者・鈴木秀美も、4月に行われたプレイベントで「私たちも名前すら知らず、読み方(Deidamia)もよくわからないところから始まった」と話していたぐらいのレア作品だ。日本では2006年に関西で初演されている。

 1740年に作曲、1741年初頭にロンドンで初演されたヘンデル最後のオペラ。残念ながら当時の聴衆は関心を示さなかったようで、3回しか上演されなかった。同じ年にヘンデルは「メサイア」を作曲、大成功を収め、創作の軸はオラトリオに移行した。

 台本はギリシャ神話を題材にしたもので、アキッレ(アキレウス/アキレス)とウリッセ(オデュッセウス/ユリシーズ)という、おなじみの英雄も主要人物として登場するので親近感が湧く。のちにトロイア戦争で活躍する英雄アキッレだが、幼い頃からスキュロス島のリコメーデ王のもとで匿われ、正体がばれないように女装して育った。戦争に行けば死ぬという予言を受け、それを恐れた母によって存在を隠されたのだ。オペラはその時期の話。

後方右:亀山泰地(フェニーチェ)


 トロイア戦争で劣勢のギリシャ軍は、勝利のためにはアキッレの参戦が必要という神託を得て、アキッレ捜索のためにウリッセとフェニーチェをスキュロス島に送った。リコメーデ王の娘である王女デイダミーアはアキッレと恋仲で、彼の正体を見破られまいと、友人ネレーアにも協力を求める。しかしアキッレは自由というか能天気というか、堂々と男性らしく振る舞うせいで、とうとう正体がばれてしまう。悲しみ、憤るデイダミーアだが、アキッレとの愛を確認しつつも彼を戦地へ送ることを認める(神話では二人はめでたく結ばれ、息子ネオプトレモスが生まれる)。

 6人の登場人物はソプラノ3、コントラルト1(初演時はカストラート)、バス2と、テノールのいない、ややいびつな配置。この日のゲネプロは初日のキャストで、以下の配役だった。

デイダミーア:七澤結(ソプラノ)
ネレーア:河向来実(ソプラノ)
アキッレ:栗本 萌(ソプラノ)
ウリッセ:一條翠葉(メゾソプラノ)
フェニーチェ:亀山泰地(バリトン)
リコメーデ:目黒知史(バス)

 女声4役のうち、デイダミーアは少し音域も高く、リリコ・レッジェーロの性格で書かれているが、他の3役は、メゾソプラノが歌うウリッセも含めて、音域に大きな差はないようだ。題名役のデイダミーアには7曲ものアリアが与えられている。
 出番は多くないが、二期会合唱団が(ちょっとしたダンスも交えて)充実した響きを聴かせている。

後列中央:一條翠葉(ウリッセ)

 中村蓉の演出はヴィヴィッドで楽しい。舞台空間はシンプルで、6人のダンサーたちが“黒子”も兼ねて移動させるカラフルな「積み木」が、さまざまな用途に使われる。そのダンサーとともに歌手たちも踊る。ちなみにバロック・ダンスではなく、当然コンテンポラリー・ダンス。ときにけっこう激しい。歌いながら動くのはかなり訓練が必要だったはず。おそらく、アリア部分はすべて振り付けがある動きで様式的にして、レチタティーヴォ部分の自由な動きと対比させているのだと思う。キレのある動きが音楽にも躍動感を与える。

 うまいアイディアだと思ったのが、パニエというのだろうか、スカートの“骨”を履かせた女性役の衣裳。男性のアキッレが女装していて、それを歌うのがソプラノ歌手ということで頭が混乱してくるが、その女装を、“骨”でわかりやすく示していた。デイダミーアもネレーアもアキッレも“骨”を履いているけれど、アキッレだけその下がズボンなのが見えるという仕掛け。
 

中央左:目黒知史(リコメーデ)

 わかりやすいストーリーがテンポよく進むので、予備知識なく見ても十分に楽しめると思う。ただ、登場人物に関わるギリシャ神話について多少知っておくと、たとえばデイダミーアがウリッセに向かって「嵐に遭って転覆してしまえ!」と毒づいたり、フィナーレではアキッレがかかとを突かれて倒れる黙劇が演出されていたり、彼らのその後の運命を予感させるような部分で「ははん!」と、より面白がることができるかもしれない。

 全3幕のオペラだが、30曲あるアリアのうち18曲を抜粋して2幕構成での上演(1回の休憩含め上演時間約2時間20分)。その再構成の都合だと思うが、曲の順番を入れ替えている部分があった。ダンサーの出演は、北川結、田花遥、中川友里江、安永ひより、長谷川暢、望月寛斗。管弦楽はこのシリーズのために編成された、ピリオド楽器による「ニューウェーブ・バロック・オーケストラ・トウキョウ」。

左より:栗本萌(アキッレ)、一條翠葉(ウリッセ)、七澤結(デイダミーア)、目黒知史(リコメーデ)、亀山泰地(フェニーチェ)、河向来実(ネレーア) 


二期会ニューウェーブ・オペラ劇場
ヘンデル《デイダミーア》(全3幕、日本語字幕付原語(イタリア語)上演)


2024.5/25(土)17:00、5/26(日)14:00 めぐろパーシモンホール

指揮:鈴木秀美
演出:中村蓉

出演
デイダミーア:七澤結(5/25) 清水理沙(5/26)
ネレーア:河向来実(5/25) 田中沙友里(5/26)
アキッレ:栗本萌(5/25) 渡辺智美(5/26)
ウリッセ:一條翠葉(5/25) 武藤あゆみ(5/26)
フェニーチェ:亀山泰地(5/25) 室岡大輝(5/26)
リコメーデ:目黒知史(5/25) 水島正樹(5/26)
ダンサー (両日出演):北川結、田花遥、中川友里江、安永ひより、長谷川暢、望月寛斗

合唱:二期会合唱団
管弦楽:ニューウェーブ・バロック・オーケストラ・トウキョウ

問:二期会チケットセンター03-3796-1831
https://www.nikikai.net
https://nikikai.jp/lineup/deidamia2024/

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