コロナ禍を経てこれが決定版! 鬼才キース・ウォーナー演出・東京二期会《タンホイザー》が本日開幕

取材・文:林昌英 写真提供:東京二期会 撮影:寺司正彦
(2024.2/26 東京文化会館での最終総稽古を取材)

 2024年2月28日に初日を迎えた、東京二期会オペラ劇場《タンホイザー》。本プロダクションには少々特殊な背景が重なっている。
 演出はキース・ウォーナー。現代の世界的演出家のひとりであり、大きな話題になった「トーキョー・リング」で知る人も多いだろう。ウォーナーの演出による《タンホイザー》を東京二期会が最初に上演したのは2021年2月。コロナ禍まっただなかの時期、入国制限等でウォーナー自身の来日は実現せず、上演にも様々な対策や工夫を余儀なくされた。そこから3年、この間にコロナ禍当時の制限はなくなり、改めて仕切り直しのステージとなる。

 指揮はアクセル・コーバー。ドイツ・オペラを中心とするレパートリーで、欧州の名門歌劇場に出演を重ねる。近年はバイロイト音楽祭の常連で、《タンホイザー》は2つのプロダクションで4回任されるほどの得意演目。意外にも今回が初来日とのことで、待望の東京二期会出演となるが、もともとは3年前の《タンホイザー》で実現する予定だった。彼もまた、制限等のために来日が叶わなかったのである。なお、21年は日本滞在を延長したセバスティアン・ヴァイグレが代役を引き受けて、すばらしい演奏で大成功を収めた。
 当初の組み合わせでの上演は悲願だったのだろう、演出も指揮もオーケストラ(読売日本交響楽団)も21年の予定と同じ顔ぶれで、早くも再演が実現することになった。特にコーバーはやっと日本で体験できることになり、その手腕に注目が集まる。

 今回の話題はそこに留まらない。なんとタンホイザー役に世界屈指のテノール、サイモン・オニールが出演するのだ。バイロイト音楽祭をはじめ、長く世界中でワーグナーを歌い続け、稀少なヘルデンテノールとして賞賛と人気を集めるスター歌手である。その真価を東京二期会の舞台で体験できる。

 この度取材した最終総稽古(ゲネラルプローベ)は2月28日と3月2日の出演組、すなわちオニール登場の組。・・・・・・だったのだが、オニールはわずかに体調不良とのことで、大事を取ってゲネプロを回避。カヴァー歌手が主役を務めることになった。残念な空気が漂いかけたが、それを吹き飛ばしたのは代わりの歌手。すばらしい出来で立派な美声で歌い上げ、演技や表現も含めて本公演にそのまま出られそうな水準で見事に演じ切り、大きなインパクトを与えた。それもそのはず、その歌手は伊藤達人。すでに2年前の東京二期会《パルジファル》の本公演で題名役を務めた逸材で、それほどの歌手がカヴァーを務めるという層の厚さ。さらに、殊に変化の多い難役であるタンホイザー役を、ウォーナー演出で学び、コーバーの指揮でフルに歌い演じられたことは、彼にとって、ひいては日本のオペラ界にとっても大きいこと。伊藤のヘルデンテノールとしての今後の活躍を確信し、あえて特筆した次第。
 他の出演者は、もちろん不足なし、安定した高水準で舞台を作り上げる。3年前の初演時にも出演した大沼徹のヴォルフラムは複雑で繊細なキャラクターを演じ分け、渡邊仁美のエリーザベトは落ち着いた表現で清らかさと芯の強さを表現し、林正子のヴェーヌスは妖艶な存在感抜群。

 ウォーナーの作る舞台は、暗いトーンに覆われ、旧来型の圧迫感のある社会を意外なほど直接的に描写し、解決されない謎も残る(詳細については、3年前の山崎太郎氏のゲネプロレポートがすばらしく、そちらを参照されたい)。今回、演出の詳細以上に印象に残ったのは、短期間で再演されたことで、図らずも時代性と芸術表現との関係性を体感できる舞台となっていたことだった。
 まず、“コロナ禍の最中”と“コロナ禍後”の違い。前回は演出家も指揮者も来日できないばかりか、舞台上の出演者の人数や距離などの制限が避けられない時期だった。それでも当時は、なんとかワーグナーが上演できる、体験できるという喜びの方が優っていた。しかし、今回の舞台を観て、舞台上の出演者、特に合唱団の人数や動きが“自然に感じられる”ことに気がつく。同じ演出でこそ、にじみ出る変化。
 そして、この間に世界各地で大きな戦争・紛争が起きてしまったこと。この演目の背景に元々ある家父長的、好戦的な社会の仕組みが明確に表現されている舞台で、以前は息が詰まる表現とも感じられたが、その感覚こそが大事な警鐘となっていたことに改めて思い至らされたのである。

 違いといえば、オーケストラも。3年前は楽員同士もある程度の距離をとることが求められ、弦楽器の人数は少なめに抑え、一部の楽器はピットから上に出ていた。今回は、弦は12型でチェロ8・コントラバス6の低音を厚くした編成、打楽器もハープも含めたフルオーケストラがピットに収まっている(第2幕の金管のバンダはピットの上)。力まずともしっかり鳴る低音に乗って、豊潤なワーグナーの音が東京文化会館大ホールに響き渡る喜び。
 コーバーは常に清新で明晰なサウンドを構築し、体全体を使う指揮で、激することなく、常に明快、演奏者も歌手も安心して音楽に集中できるはず。この日の急な代役への対応ぶりを含め、キャストや舞台上のトラブルにも難なく対処できそうな柔軟さと的確さで、第一線のオペラ指揮者の何たるかを示していた。読響の安定した音色と名技もすばらしい。前回のやはりバイロイト常連のヴァイグレの名演との比較や、コーバーの音楽の構築が日本の聴衆にどう受け止められるのか、非常に興味深い。

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Information

2024 都民芸術フェスティバル参加公演 
フランス国立ラン歌劇場との提携公演
東京二期会オペラ劇場 ワーグナー《タンホイザー》全3幕

(日本語字幕付き原語(ドイツ語)上演)

2024.2/28(水)17:00、2/29(木)14:00、3/2(土)14:00、3/3(日)14:00
東京文化会館

 

指揮:アクセル・コーバー
演出:キース・ウォーナー
演出補:カタリーナ・カステニング

出演
ヘルマン:加藤宏隆(2/28, 3/2) 狩野賢一(2/29, 3/3)
タンホイザー:サイモン・オニール(2/28, 3/2) 片寄純也(2/29, 3/3)
ヴォルフラム:大沼徹(2/28, 3/2) 友清崇(2/29, 3/3)
ヴァルター:高野二郎(2/28, 3/2) 前川健生(2/29, 3/3)
ビーテロルフ:近藤圭(2/28, 3/2) 菅原洋平(2/29, 3/3)
ハインリヒ:児玉和弘(2/28, 3/2) 伊藤潤(2/29, 3/3)
ラインマル:清水宏樹(2/28, 3/2) 水島正樹(2/29, 3/3)
エリーザベト:渡邊仁美(2/28, 3/2) 梶田真未(2/29, 3/3)
ヴェーヌス:林正子(2/28, 3/2) 土屋優子(2/29, 3/3)
牧童:朝倉春菜(2/28, 3/2) 七澤結(2/29, 3/3)

合唱:二期会合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団
 
問:二期会チケットセンター03-3796-1831
https://www.nikikai.net
https://nikikai.jp/lineup/tannhauser2024/

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