秋田の聴衆を魅了した、ショパンコンクール6位入賞の逸材 JJ ジュン・リ・ブイ

Shigeru Kawai フルコンサートピアノ「SK-EX」お披露目公演レビュー

取材・文:高坂はる香

 秋田アトリオン音楽ホールは、1989年のオープン以来、秋田県内唯一の音楽専用ホールとして、国内外多くのアーティストがその舞台に立ってきた。
 “音楽ホール自体を「楽器」と考え、音響面を最優先にして設計・建設”され、天井や壁面には秋田杉がふんだんに使用されている。客席数は約700席、美しいパイプオルガンも備え、木のぬくもりを感じる豊かな響きが特徴のコンサートホールだ。
 今回ここに Shigeru Kawai フルコンサートピアノ「SK-EX」が設置されることとなり、そのお披露目公演として、カナダのピアニスト、JJ ジュン・リ・ブイによるリサイタルが行われた。

 JJは、2021年のショパン国際ピアノコンクールにおいて、当時17歳の最年少ファイナリストとして第6位に入賞し、注目を集めた。このときに優勝したブルース・リウとともにダン・タイ・ソンの弟子であることも話題となったが、師曰く、「二人の個性は全く異なり、それぞれの魅力がある。ブルースが太陽なら、JJは月だ」とのこと。実際、落ち着いた輝きのある音楽で、17歳という年齢を忘れさせる深い音楽を聴かせていた。そしてこのコンクールでも、JJは数あるピアノの中から、Shigeru Kawai をパートナーに選んでいた。
 あれから2年がたってもまだ19歳という若さで、これからのさらなる活躍が楽しみなピアニストでもある。そんな期待の星の生演奏を秋田で聴けるとあって、客席はほぼいっぱい。ホールの方によれば、これほどの賑わいはなかなかないとのことだ。

 この日お披露目となったピアノは、事前にJJが河合楽器の竜洋工場(静岡県磐田市)で選定したもの。事前にアトリオン音楽ホールに出向いて会場の響きを確認し、その広さや音響を前提に合うものを選んだ。「タッチも音色も完璧で、なおかつ広いホールでも細かな音まで十分に写し出され、親密さも感じられるピアノ」だという。ショパンコンクールで彼が演奏した Shigeru Kawai に似た魅力があったそうだ。

 今回、この公演のためにJJが準備したのは、ベートーヴェン、ラヴェル、ショパンからなる、楽器の魅力を多方面から聴くことができるプログラム。
 冒頭に演奏されたのは、ベートーヴェンの後期三大ピアノ・ソナタのひとつである、第31番 op.110。この頃のベートーヴェンは、すでにロマン派に片足を踏み入れていたとされるが、その側面が打ち出された表現で、どこか純朴な気配を残しながらも、たっぷりロマンティックな表情をつける。JJは、ニュアンスのコントロールがしやすそうなピアノを繊細かつ無理なく歌わせ、ときには明るい緊迫感を演出し、この崇高なソナタの持つメッセージを客席に伝えた。

 そこからフランス音楽へと移ってゆく。
 ラヴェルの「水の戯れ」では、楽器のあたたかく輝く音を生かしてかすかにミステリアスさを漂わせ、「亡き王女のためのパヴァーヌ」では、穏やかな起伏を心地よく聴かせてくれる。
 前半最後に置かれた「ラ・ヴァルス」は独特の表現ではじまり、即興性にあふれたダンスを聴かせ、JJの世界観を存分に発揮して、客席からは歓声が上がった。これほど自由でダイナミックであるのに品があるのは、華やかなパートでも、ピアノに無理をさせるようなタッチが一切見られなかったためだろう。

 そして後半は、ショパンの「24のプレリュード」。
 ショパンでも、やはりJJならではの自由な歌は健在で、それがどこかもの哀しさを醸す。埋もれていることの多い旋律を浮き立たせる表現もおもしろく、若くして自分だけの音楽を持っていることが伝わってくる。心の移ろいをそのまま素直に映し出すように、表情の異なる珠玉の小品がつなげられていく。そしてたどり着いた終曲は、感情を噛みころしながら深く沈み込んでゆくような音と共に閉じられ、強い余韻を残した。

 客席からの拍手に応えてJJが演奏したアンコールは、ドヴォルザークのユーモレスク第7番。愛らしく遊び心に満ちた楽曲を、軽やかながらしっとりとした質感の音色で丁寧に奏で、客席に幸せな空気をもたらした。
 熱烈な拍手はなかなか鳴り止まなかったが、客席の明かりもつきコンサートの終わりが告げられると、もっと彼の音楽に身を浸していたかった聴衆から少し残念そうなため息がもれるという、めずらしい一幕があった。それは、最高峰の Shigeru Kawai で、世界トップの舞台で活躍した若者の才能を目の当たりにした人々の、素直な反応だったのだろう。
 実際JJはこの日、ショパンコンクールのときから大きく変化し、より聴き手に訴えかける力の増した音楽を披露してくれた。終演後のホールには、すばらしい音楽に触れた人々の高揚感が溢れていて、会場でその音楽を共有できたことが嬉しく感じられた。

写真提供:秋田アトリオン音楽ホール

【カワイピアノSK-EX“シゲル・カワイ”お披露目記念公演】
2021年ショパン国際ピアノコンクール第6位入賞
JJ ジュン・リ・ブイ ピアノリサイタル

2024.1/8(月・祝) 秋田アトリオン音楽ホール

L.V.ベートーヴェン:
  ピアノ・ソナタ 第31番 変イ長調 op.110
M.ラヴェル:
  水の戯れ
  亡き王女のためのパヴァーヌ
  ラ・ヴァルス(ピアノ独奏版)
F.ショパン:
  24のプレリュード op.28
【アンコール】
A.ドヴォルジャーク:ユーモレスク 第7番

© Fryderyk Chopin Institute

Biography
JJ ジュン・リ・ブイ JJ Jun Li Bui
カナダ生まれ。2021年第18回ショパン国際ピアノコンクールで、最年少参加者(当時17歳)にして第6位入賞を果たした。若いピアニストのための北京ショパン国際コンクール(2019年)、ヴァン・クライバーン国際ピアノコンクール(2019年) 、ハノイ国際ピアノコンクール(2018)、オーフス国際ピアノコンクール(2017年)等、これまでにも数多くのコンクールで入賞。
また、ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団、中国中央音楽学院交響楽団、ハノイ・フィルハーモニー管弦楽団、キンドレッド・スピリッツ・オーケストラ、トロント王立音楽院アカデミー室内楽団と共演。北アメリカを中心に、ヨーロッパ・アジアでも演奏活動を行っており、今後は日本のほかポーランド、アメリカ、ドイツでの演奏を予定している。
トロント王立音楽院附属の若手アーティストのためのフィルアンドエリテイラーパフォーマンスアカデミーにてマイケル・ベルコフスキーとリ・ワンに師事したのち、現在はオバーリン音楽院にてダン・タイ・ソンに師事。